水魚の邂逅 【水魚シリーズ#1】

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   ◇  物心ついた頃には、前世の記憶があった。  広い邸宅。椿の古木。くるくるとよく働く和装洋髪の女中たち。数え飽きた天井のシミ。見上げたお母様の悲しそうな顔。頬に落ちる涙の温さ。お兄様が連れてくる、お日様の匂い。  知る筈の無い時代の思い出を今日あった出来事のように話してしまうから、現代を生きる小さな私は、周囲から随分と気味悪がられていた。  記憶にあるのは数えで二十にもなれずに散った、短い人生であった。けれど、今生での経験より多い思い出を抱えた子供は、それを処理する頭の方もやはり子供で。心に湧く感情は鮮明なれど、頭に浮かぶ映像や言葉の意味、前の自分が辿った道程を理解出来たのは、齢が二桁になって漸くだ。  周囲との決定的な相違に気付き口を閉ざした頃には、私に押された「おかしな子」の烙印はしっかりと定着していて、嘘吐きと揶揄われたりもする私を、一人の同級生だけが見捨てずに根気強く庇ってくれた。  彼は、私の生まれた時からの幼なじみで、()にも近所に住む馴染みであり、私の婚礼に身拵えしてくれた髪結いであった。  袖振り合うも多生の縁、とはよく言ったものだ。古い記憶にある顔と今生で出会すのは案外珍しくもない。相手がその縁に気付くことは無かったけれど、繋がりの深かったものなどは、水が布に染みるように当たり前に馴染んだりもした。  幼なじみもその類いで、()のことなど何一つ覚えてはいなかったけれど、気の置けない友人となったし、毎日教室で私の髪を結ってくれた。  高校生ともなると彼との仲を勘繰られることもあったが、そんなわけなので、二人の距離が近かったのは込み入った理由からではない。  ただ当たり前であり、ただ懐かしかった。  入り交じる期待と緊張を解きほぐす柔らかい声、心地良く頭を撫でる指の動き。幼なじみに髪を結って貰っていると、お兄様に嫁いだ日々の記憶、心情が、その時と同じ年頃になった()の身体に、生々しく重なった。
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