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「赤山修さん。あなたは今、どこにいますか?」  その声は、俺の脳内に語りかけるように響いた。俺は応える。 「ここは、教室だ。俺が高校時代にいた、三年二組の教室だよ。間違いない。この机の傷、それに落書き。見覚えがある」 「つまり、今あなたが座っている場所は、あなた自身の机でお間違いないですか?」  机の下についている教科書を入れるためのスペースをゴソゴソと漁ってみると、拙い字で俺の名前が書かれたノートが出てきた。開いてページをめくると、時々『あの子』の姿を妄想して描いた愛おしい絵が、罫線の隅っこで存在感を放っている。勉強なんかよりもずっと集中して描き続けた『あの子』。俺を夢中にさせてくれた『あの子』に、会いたい。 「間違い、ない」 「そうですか。それは良かったです。無事、あなたが望む過去へ辿り着くことができたようです」  声の主は柔らかい口調のまま、ふうっと息を吐いた。俺も一緒に安堵する。 「ほんとだよ。変なところへ行っちゃったら、どうしようかって思っていたん だ」 「たまにありますからね、そういった事故は。それで、赤山さん。あなたは無事に過去へと辿り着いたわけですが、最後にもう一度だけ聞きます。あなたは過去を変えたい。正確に言えば、あなたは過去を変えて、あなたが一番愛していた彼女、久留山美麗さんに告白をする。そして成功して付き合う。そんな過去に変えたい。この内容で、お間違えないですか?」  ノートに描かれた『あの子』、久留山美麗がいてくれたから、俺の青春時代はほんの少しだけ淡いピンク色になった気がする。  だけど、小心者だった俺は肝心の一歩を踏み出せずに高校時代を終えてしまった。一度幕を閉じた青春物語は、二度と訪れることはない。久留山さんと会話することすらできなかった俺の後悔は、時間が経つごとに風船みたいに膨らんでいた。  変えたい。悔しかった過去を、もどかしかった想いを変えたい。俺は心底久留山さんを愛していた。その偽りない気持ちを彼女に伝えたい。 「ああ、全て間違いない」 「かしこまりました。あなたの覚悟を聞くことができて安心しました。それでは、早速処置を開始します」  声の主、浄徳先生は早速俺を過去を操り始める。 「先ほども確認したように、ここはあなたが通っていた高校の教室です。そして、あなたと久留山さんは同級生でとても仲が良い。いや、『とても、仲が良い関係』にしたいと言った方が正しいでしょうか?」  そうだ。俺と久留山さんは気軽に相談できる仲で、お互いが異性だと気づかないほど親しい関係にあった。だけど、お互い本当は好きな気持ちが溢れていて、手を繋ぐのは時間の問題だった。 「俺と久留山さん、いや、美麗は幼なじみだった。『幼なじみでずっと親しい関係だった』。それが正しい過去だ」 「そうですか。ならば、そういうことにしておきましょう。それで、あなたは本日の放課後、久留山さんを屋上へ呼び出しています。そう、あなたの想いを伝えるためです。どんな手で愛の想いをお伝えしますか?」  俺には、すでに一つの考えがあった。 「今の時代は電子機器が主流かもしれないが、俺はあえて『紙』でいこうと思っている」 「紙。つまり、『ラブレター』を渡すのですね?」  ラブレター。そうだ、俺は『ラブレターを渡して想いを伝えた』ことで、 『美麗が俺に抱きつく』のだ。 「そうだ。俺は『ラブレターを渡して美麗さんと抱き合うんだ』」 「そうですか。では、そういうことにしておきましょう。ラブレターは引き出しに用意してあります。一応、確認のためにご一読をお願いします」  俺は再び引き出しを漁ると、一枚の便箋が出てきた。中を開けると、薄い青色の手紙が出てくる。俺は早速目を通してみる。それを、『俺が記した』と脳内に描いて。  美麗へ  俺たち、いつだって一緒にいたよな。お前、小さい頃からずっと俺にくっついて、恥ずかしげもなく袖掴んだりして。思えばさ、あの頃から俺たちはずっとお互いに好きな気持ちがあったんだろうな。だからいつまでもそばにいる。そばにいたいと思う気持ちが湧き出てしまうんだろうな。  なあ、美麗。唐突なお願いで驚くかもしれないが、俺と付き合ってくれないか? 俺、マジで美麗のことが好きなんだよ。美麗がいねえと、自分が自分じゃないというか、俺を形成する諸々が崩れてしまう気がして、怖いんだ。だから、これからも一緒にいてほしい。そしてほんの少しでもいいから、今までよりも近くにいたい。  この気持ち。受け取ってくれるか? 「これが、俺の気持ち……」 「どうですか? かたっ苦しい文章ではなく、あえて感情を押し込んで書いてみました」  俺の、美麗が好きだと想う感情。そこから紡ぎ出されるラブレター。これぞ、『俺が描いたラブレター』。  俺は一人でニヤけてしまった。 「ああ、最高だよ。浄徳先生、これでいこう」 「かしこまりました。それでは、早速その手紙を持って屋上へ向かいましょう。誰にも邪魔されない、特別な場所で告白をしましょう」  
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