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 二人が別れ、どこかへ去ったあとも、俺は噴水広場で待機している。今日は十一時に依頼者と待ち合わせをしていて、もうすぐその時間が訪れようとしている。  電話が鳴る。 「もしもし。枝野さんですか?」 『はい。佐藤さんは今どこにいますか?』 「僕は、噴水広場にいますよ。場所わかりますか?」 『はい。今、上野駅の改札を出るところです。十分ほどでそちらに着くと思います』 「了解です。じゃあ、待っていますね」  電話を切り、俺は一つため息を吐く。先ほどのカンタさんの言葉のせいで、こんな仕事をやっているのがバカバカしく思える。空は鬱陶しいくらいの晴天で、俺を戒めているようだった。  ただ、今日の相手は決して弱い者じゃない。むしろ人生を謳歌している幸せ者だ。少しくらい、分配してくれても罪にはならない。  警察なんてくだらない嘘に騙されたあの女も、きっと味を占めたから繰り返していたに違いない。みんなそうだ。甘い蜜に飛び込んで、人生を右往左往する。それが人間だろう。 「すみません佐藤さん。遅れてしまいました」  小走りで来たのは、三十代の女性だ。全身すらっとしていて、代官山にいるべき格好をしている。おまけに足が痛くなりそうなほど高いヒールを履いている。どうやら相手は気合い十分らしい。 「こちらこそ、わざわざ来ていただいてすみませんでした」  俺は枝野さんに頭を下げ、あくまでも下手に出るスタイルを貫く。 「それにしても、良い景色ですね」  枝野さんが噴水を見て言った。 「そうでしょう。僕はここが大好きなんですよ。だから、ぜひこの景色を枝野さんに見ていただきたくて……。すみません、それだけのためにここへ呼び出してしまいました。だけど、運命の人になるあなたと一緒にこの景色を眺めたかったんです」  枝野さんの顔が少し赤くなる。俺は、心の中でガッツポーズをする。 「佐藤さん、あの、わたし……」  言わなくていい。俺はアンタの表情を見ればすぐにわかるから。 「今日は、レストランを予約しています。枝野さん、いや、ミキコさん。あな たに最高のプレゼントを渡すために」 「……はい」 「行きましょう」  俺はそっと枝野さんの手を取り、予約しているレストランまで歩く。枝野さんはすでに幸せそうに綻んだ表情をしている。  これが、結婚詐欺とも知らずに。  
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