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____「母さん!」
さっき喧嘩して飛び出した望が、勢いよく玄関のドアを開けて戻ってきた。
その慌てたような形相に、呆気にとられる。
「あんた、ちょっとどうしたの!なんでティーシャツなの!?ジャージは!?」
「ああ、あげた」
「誰に!?風邪引くじゃない。早くお風呂に」
「……母さん」
珍しいほど真剣な顔で私を見つめる息子に息を呑んだ。
この子、いつの間にこんな凛々しい顔をするようになったんだろう。
一人の人間としての責任と、希望と、慈しみに溢れている。
その顔を見て、ぼんやりとあの彼のことを思い出していた。
あの日、私とこの子を救ってくれた彼を。
「……母さん、俺を生んでくれてありがとう」
そして、答え合わせのように思い返す。
そうだ。私は罪人なんかじゃない。
この子も、罪人の子供なんかじゃない。
見ず知らずの人のことを救える、立派な人間に生まれたのだから。
「……ジャージ、同じのもう一枚あるよ。……昔、恩人の人に貰ったの」
「恩人の人?」
「そう。あなたによく似た、素敵な人」
私は泣き笑いしながら、望の頭を撫で、そっと抱き締めた。
「ちょ、やめろよ。もうガキじゃないんだって」
過去には引き返せない。
時は川のように流れ、とどまることもできない。
だけど未来は手繰り寄せることができる。
あなたが存在してくれるから。
「……望。生まれてきてくれてありがとう」
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