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「お姉さん、寒くない?」
彼の言う通り、12月上旬にしては今日は気温がかなり低い。
さっきカフェを慌てて出たから、コートを忘れてきてしまった。
「これ着なよ」
そう言って彼は、自分の着ていた光沢のある青いジャージを私にかけてくれる。
「だ、大丈夫です。あなたこそティーシャツは寒いでしょ」
彼は寒さなんて全く気にしていないように、屈託なく笑った。
「平気だよ。俺若いもん。代謝いいし。走ってたから暑いくらい」
あまりにも快活に言うので、そのまま甘えてしまった。
今はこんなふうに誰かに親切にしてもらうのが奇跡みたいに貴重で、素直に嬉しいと思った。
「ねえ、お姉さん暇なの?ちょっと俺の愚痴付き合ってくんない?」
正直言って、他人の愚痴を親身になって聞いてあげる余裕なんてなかった。
だけどジャージを借りた手前、断ることはできない。
それに、どっちにしろここで一人川を眺めているしかないのだから、彼といた方が気が紛れるかもしれないと思った。
彼にはそう思わせる、人の心を開かせるような特別な雰囲気があった。
ジャージを借りたお礼に、自動販売機で温かいコーヒーを買ってあげた。
彼はそれを嬉しそうに飲み、微笑みながら白い息を吐いた。
「あ、俺、望です」
望。全くもって彼にピッタリな名前だ。
くっきり二重の目からは希望の光が充ち溢れ、なんの曇りもない。
きっと、親からこれ以上ないくらい愛されて、大切にされて育ったんだろう。
……私とは違って。
「お姉さんは?」
警戒という言葉を知らない人のように目を輝かせる彼。
「……秘密」
そんな彼に少しだけ劣等感を感じて、名前を名乗る勇気がでなかった。
「……そっか。じゃあこのままお姉さんって呼ぶ」
彼はそんなことすら気にも留めない様子でコーヒーを飲んだ。
「俺さ、高二でもうすぐ受験生なんだけど。親と喧嘩しちゃって」
なんて健全な悩み。
何もかもが眩しくて、羨望に心は悲鳴を上げていた。
だけど話を聞いていくと、眩しいだけでもなさそうだった。
表には微塵も出さないような、ひっそりとした暗さを、彼は大切に心にしまっている気がした。
「うち、母子家庭なんだ。母さんと二人暮らし」
「そうなんだ」
内心、心臓が止まるかと思った。
嫌な汗がじわりと滲んで、どくどくと鼓動が動揺を煽る。
「だけど母さんが死に物狂いで働いてくれて、今まで何の不自由もなく暮らしてこれた」
「素敵なお母さんだね。あなたも、……望くんも、そうやってお母さんの大変さをわかってるところが偉い」
彼はどこか不安げに首を横に振った。
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