Rebirth,Reverse,in the River

4/5
前へ
/5ページ
次へ
「今日、彼に会いに行ってやっと知ったの。奥さんが一緒に来ていて。“人の旦那に手を出すなんて最低だ”って。私、何も言葉を返せなかった。……その通りだから。知らなかったでは済まされない。人のものを奪っていい理由にはならない」  よく考えたら、不倫だと気づける瞬間はいくらでもあったと思う。  だけど私は無意識に気づかない振りをし、不信感を抱く心をシャットダウンして、彼に溺れたのだ。  ……いや、彼にじゃない。  自由に恋をする自分に溺れていた。  罵られる私を見下ろし、彼は黙っていた。  私を庇うことも、やり直そうという素振りも見せずに。  ただ黙って、(たぶら)かされた被害者の目で、泣きわめく奥さんの隣に居た。  だから私は、数時間前まで奇跡と幸福に震えていた事実を、とうとう彼に伝えられないまま別れた。 「私、罪人になっちゃった」  話している途中でハッとする。 「ごめんね。嫌な話して」  こんな話、未成年の彼にすることじゃない。  ましてこんな、眩しいくらい輝いた人に。 「……罪人なんかじゃない!」  彼の叫びに息を呑んだ。  震えるくらいにわなわなと怒りを露にして、その目には、微かに涙が浮かんでいることに驚いた。 「あなたは罪人なんかじゃない。……そりゃ、不倫はよくない。人のものをとっちゃだめだよ。でもさ、一番悪いのはお姉さんを騙してた男だし、そんな男の方を責めないで、全部お姉さんのせいにする奥さんも悪い」  ひたすら怒っている彼を前に、私は静かに泣いた。  ジャージが温かい。  一緒に飲んだコーヒーの缶が温かい。  彼の怒りが、凄く温かかった。 「お姉さんは罪人なんかじゃないよ。だから、もう一度幸せになって欲しい」 「……ありがとう」  出会ったばかりの見ず知らずの、しかも自分よりうんと若い少年に救われるなんて。  この小さな奇跡が、これから先の未来も救ってくれるような気がして、少しずつ絶望が薄れていくのを感じた。 「……例えばさ」  少し言いづらそうにして、彼は言った。 「ごめん。嫌な質問するけど、いい?」  私は黙ってこくりと頷く。 「もしも今、お姉さんがその人との子供を授かっていたとしたら、その子は罪人だと思う?罪人の子供?」  彼の目が頼りなく曇った瞬間、自分でも驚くほどの強い感情が支配した。  信じられないくらいの勇気が身体中を漲って、循環し、それが声となる。 「……思わない。罪人なんかじゃない。絶対にそんな思いはさせないから。……幸せにするから」  何度も何度も、自分のお腹を擦った。 「生まれてくれたら、幸せだから」  彼は心底嬉しそうに笑った。 「……ありがとう、お姉さん。なんか、勇気でた」 「……こちらこそ」  勇気を貰ったのは、私の方なのに。 「そのジャージ、あげるよ。今日のお礼に」 「そんな」 「お願い。貰って。じゃあね、お姉さん」  そう言って、彼は呆気ないくらいさっぱりと手を振って背を向けた。  川の流れと同じ方向へ、勢いよく走ってゆく。  その姿を見ながら、やっと微笑むことができた自分に気づいた。 「……帰ろうか。望」  この子の名前も無事に決まったことだし。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加