邯鄲

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 その時である。又新たな感動が私に襲ってきたのだ。何処からか分からないほどに、湧いて出るように、淡い、切ない秋の虫の音が私を包んだ。  絶妙に冷たい夜、私はこの風景と、この虫の音、ほんのり香るあの夜の涼しい匂い。幻想のような世界が私の五感を刺激した。 「ふう……」私の吐息は直ぐに白息となった。この日を境にだろうか、私は秋の虫というものに興味を示すようになったのだ。  鈴虫、松虫、蟋蟀、螽斯、姫螽蟖などの代表の昆虫を、日の入りの前に採り、夜はその音色を聞いた翌日放ち、又新しい何かを捕まえるようにした。だが、あの十五夜にて聞いた音色とは何処となく違った。一番私の求めているものが無かったのだ。  だが、あの色々な虫が音色を奏でていたあの十五夜、勿論具体的にはわかっておらず、感覚を頼りに探すしか無かった。  その日もその虫を探して私は森へ入って行った。だが、今日も今日とてあの虫は姿を見せなかった。諦めて帰路に着こうとしたその時である。
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