邯鄲

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 ルルルルルル……あの虫の音である。なんと儚い音であろうか。背の高い木の葉の中から聞こえてくる。だが、あのような高い場所、私の網では捕まえきれず、只々この音を焼き付けることしか出来なかった。  その後、あの虫について調べたところ一つの名前が浮上した。「邯鄲」である。秋の虫の女王等とその本には綴られていたが、私もその邯鄲に見惚れてしまったのだろう。その日を境に、私は、邯鄲を追いかけるようになっていた。  だが、邯鄲は姿を見せなかった。気づけば十月末、邯鄲の季節も直に終わりを迎えようとしていた。だが、私は諦めきれなかった。あの声を又聞きたかったのだ。もう、裏山の木々は赤く化粧をしていた。その日もいつも歩く道を只々歩いていた。紅葉も散り始め、その葉が落葉に触れた時、あの音色は響いた。  リリリリリリリリリ……  私の横にある叢からその音色は鳴り響いていた。その時私は刮目した。何度私はその姿を望んだ事だろう。何度……何度……何度その姿を求めただろうか。その時、その邯鄲は自ら叢より躍り出た。その数瞬、私は網を一心不乱に振り下ろした。
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