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網は地面に付いた。そして網の中を確認する。あの緑の細長い胴体、この音、間違いなく邯鄲だった。素早く籠に入れ、その場を後にした。いつもの畦道にはいつの間にか曼珠沙華は季節を終えていた。
部屋の扉を開け、窓の外を眺めると、外は既に闇夜となっていた。私は疲れ床に寝転んだ。そんな私に気を遣ってか、邯鄲は鳴いた。
ティピピピピピピピピ!!
私は訳が分からなかった。何故あの様な音色を奏でた邯鄲がこの様なまるでランドセルに付いている防犯ブザーのような、朝の憂鬱な目覚まし時計のようなあのやかましい音を奏でたのである。これではまるで不協和音である。
私はもう何が何だかわからなくなり、その音に耐えきらなくなり、庭へ放った。すると、あの邯鄲は庭の叢に踊り入り、次にはその姿を見なかった。その直後であった。
リリリリリリリリリ………
そう、私の望んだ音を邯鄲は奏でたのである。何故あの音を奏でたかは分からない。だが、この夜、邯鄲が奏でたこの美しさに今は心を浸したかった……
今の私は、妻子と共に暮らしている。別に働きたくない様な職場だが、妻子を養うには仕方のない事だ。そう、仕方のない事なのだ。何故だかは分からないが、この出来事は、私の記憶の片隅にあの「邯鄲」の音色と共に密かに残っている。
(令和三年 秋十月)
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