あの頃の思い出

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つなぎの時間➖仁美  あれっていつだったかなぁ。もう5、6年前になるかなぁ。あれから毎年大晦日から元旦まで無事に迎えられるか緊張しちゃうんだよね。沙織のせいで。  当時私は年末年始は実家に帰ってゆっくりしてた。大晦日の夕方だったと思うんだけど、突然絢香からメールが来た。アユと真里にも同時に送ってるみたい。  『大晦日の忙しい時にごめん。沙織が、今日で人生を終わりにしようとしてます。さっき電話がかかってきて突然そう言われたんだ。自分じゃどうしていいかわからないから、みんなにメールしちゃいました。どうしよう。何度も繰り返し連絡することしか思いつかない』  『えー! 何それ本当なの? 私も連絡する。30分ごとに電話するわ』  『何があった! さおりーん! 男か? 仕事か?』  立て続けにアユと真里から返信がきた。  私は絢香に電話して詳しく聞いた。絢香によると、沙織は結構前から心を病んでいて毎日毎日絢香のところに電話してたみたい。原因は男みたいなんだけど。楽に死ぬ方法とか調べてて、あのビルの高さが良さそうとか常にビルを眺めて死に場所を選んでたみたい。絢香からしたら、いい加減にしろって感じだよね。絢香も可哀想だったな。一人で抱えてたんだもんね。  「困ったね……どうするかな……やっぱりみんなで順番に連絡していくしかないかな。家の電話にわざとかけてご両親に相談してみる? 私番号知ってるよ?」  「大丈夫かな。大ごとにならないかな。ごめんねー、せっかく実家でゆっくりしてるのに。由香里とか舞子とかにも連絡しようと思ったんだけど、あまり広めるのもどうかと思って」  「じゃあこのメンバーでさおりんが無事に年を越せるように頑張ろう!」  さっそく沙織に電話をかけた。ワンコールで出た。  「今度はひとみちんかー。絢香から聞いたのー? アユと真里からもきたよー。あとは誰からくるのー?」凄いのんき。超他人事。  「みんな心配してるよ! お願いだから生きて! やだよ、さおりんがいなくなったら!」    怒りだか何だかわからないけど涙が出てきた。  「誰にも迷惑かけてないしー」  「もうすでに迷惑かかってるから! また連絡するからね! 家で紅白観てなよ!」  それから何度も私たちは沙織に電話をかけた。みんな実家暮らしだから、普通なら今ごろ家族で年越し蕎麦を食べているはずなのに。そんな奴ほっとけと家族に怒られた子もいた。みんなの心配をよそに、のらりくらりと返す沙織にとうとうアユがキレちゃったりして。  『もう勝手にしろ! って言っちゃった。どうしよう、本当に死んじゃったら』とメールが来たけど、  『大丈夫、大丈夫。たぶん死なないんじゃない?この調子だったら』『振り回されちゃったね』  もうすでに私たちも疲れ切って、どうでもよくなってきた。凄い迷惑な奴だな、沙織。  私は家の電話にもかけてみた。そしたら沙織本人が出ちゃって逆ギレされた。家の電話までも支配してるのか。なす術なしだな。  そして、ようやく12時。つまり元旦。12時になってすぐに沙織から絢香のところに連絡があったようだ。年越せたよーって。そりゃそうだよね。そうじゃなかったら私たちも人生終わりそうだったし。  『本当にさおりんの為にありがとうございました。こんな感じになってしまいましたが、皆様今年もよろしくお願いします』と絢香からのお礼のメールで一年が始まった。  1月中にみんなで沙織の家に家庭訪問に行こうということになった。  絢香と由香里と私、そして男子からは真一と倉田というメンバーで行くことになった。実は沙織、由香里にも今までいろいろ話をしていたらしく、大晦日に自殺予告もされたけど、大したことないなと思っていて、私たちと同時進行で定期的に連絡は取っていたけど心配はしてなかったみたい。私たちの慌てようは何だったの? さすが一番落ち着いてる女だけある。それでも由香里も絢香と同じく夜の時間帯に働いてるから、毎日電話かかってきて迷惑だったのは確かだったらしい。おまけにあの元旦の時、すぐに沙織から電話がかかってきて話してたから、由香里に新年の挨拶をしようと電話をかけたコウさんと繋がらず、凄く心配されたらしい。新年からバタバタだよね、奴のせいで。って終始言ってた。  沙織の家に向かう道中、何だかわからないまま呼び出された倉田に、ことの経緯を説明した。  「心の病ってこと? こんな大勢で行っていいのかな。逆効果にならないか? 放っておいたほうが良くね?」  「こういうのって難しいんだよね。本人も放っておかれた方が楽なんだろうけど、沙織の場合寂しがり屋じゃん? だからあんな大騒ぎになるんだろうね。だからさ、今日は普通に接しよう。ただ遊びに来たよって感じでさ」  ただ単に顔を見せに来ただけという設定にみんな同意してくれたので、それでいくことにした。  沙織の家に着いて、最初に迎えてくれたのは犬を抱いた沙織のお母さんだった。真一と倉田を見て驚いていた。男子が来ると思ってなかったようだ。沙織のお母さん、沙織は結構男友達多いし、彼氏が途切れたことはないですよ。大晦日も男絡みのことで私たち巻き込まれましたよ。  「何ぃー、みんなでー。説教しに来たのー?」  今日みんなで行くって言ってたのに、沙織はパジャマのままだった。ぞろぞろと沙織の部屋に入った。  いかにも女の子の部屋という感じ。全部ピンクだった。あまり見ちゃいけないと思いつつも見てしまう他人の部屋。本棚には少女漫画やスピリチュアル系の本がいっぱいあった。こういうのに影響されやすいよね。沙織らしいわ。 沙織のお母さんがお茶を持ってきてくれた。「男の子はこういうの飲まないかしら」と。お母さん、男子に免疫ないんですか? というぐらい意識してる。その反動が沙織にきてるのかな。と、勝手に分析してしまった。たぶん、絢香や由香里も同じこと考えてるはず。  「お母さんさー、お父さんが初めての男だったんだよねー。子どもも私とお姉ちゃんの娘二人だし。私たち二人とも女子校だったし、男の子の友達なんかいなかったからさ。緊張してるよねー」沙織も同じこと思ってたか。  とりあえず座って一息ついた。  「沙織、正月はゆっくりできたのか?」倉田が口を開いた。  「ずっと寝て、起きて漫画読んでゲームして、また寝て、お腹空いたらご飯食べて……って、引きこもりみたいな感じだったよ。まあ、普段からこんな生活だけどねー」と、話しながらベッドに倒れ込んだ。おい、友達が来てるのに寝るのかってみんなほぼ同時に突っ込んだ。  「仕事はねー、辞めようと思って。しばらく休もうかと思ってるよー。島でも行こうかなー。小笠原とか良いって聞いてるからさー」  「いいじゃんいいじゃん。リフレッシュしてさー、またパワーアップして帰ってきてよ。その時はみんなで集まって飲もう! お笑い担当のさおりんの新ネタ楽しみにしてるよ」  「仁美、さおりんがこれ以上パワーアップしたら私が疲れる。私一人じゃ受け止められない」由香里がすでにぐったりした感じで返した。  「その時は絢香とかアユに頼むよー。あ、誰も暴走止める人いないかー。収拾つかなくてノンストップになっちゃうね、このメンバーじゃ。やっぱり由香里頼むわー」そりゃそうだと絢香はゲラゲラ笑っている。  「じゃあ仁美もさおりんの暴走止めるの手伝ってね。突っ込み役がいっぱいいないとね。頼むよ」絢香は笑いが止まらない。本当に笑い上戸。でもそんな明るい性格だから、みんなから好かれるし、場を和ませてくれる。  「あれだね、あんまり長居すると悪いから、そろそろ行こうか」と倉田が言い出したので、みんな身支度を始めた。  「この後みんな予定あるの?」一応聞いてみた。  倉田は、サークルメンバーで仲の良かった源太とお互いの彼女と会うという。由香里はコウさんのところに行くみたい。絢香は優子さんと飲みに行くらしい。  「絢香と優子さんてまだ続いてるんだな」って倉田は言うけど、本当に二人は仲がいい。絢香は一浪して大学に入ったので、優子さんとは同い年だけど、学年が違うだけで近寄り難かった先輩との上下関係の壁を絢香は上手く取っ払っていた。OBさん達とも一番仲良くしてたのは絢香だったんじゃないかな。よく飲みに誘われてた。おかげで私たちも幅広い年代の先輩達と気軽に話が出来るようになった。絢香は自分が先輩達にしてもらったことを後輩にしてあげていたのか、後輩の面倒見も良かった。だからいつも絢香の周りには後輩が集まってたな。  真一は、絢香と優子さんの関係を怪しんでいる。二人はただならぬ関係だとか勝手に言ってる。本当のところは知らないけど、もしそうだとしても、私は何とも思わないけど。由香里とコウさんが付き合った時も、金目当てだとか言ったりして、真一ってマジひねくれた奴だ。  真一も私も何も予定はないけど、そんなこと考えちゃったから何だか一緒にいたくなくなったな。  「真一、倉田と一緒に行ってきな」そう言ったけど、何故か私も倉田に誘われたので一緒に行くことになっちゃった。  「なんだよー、この時間ー。私はみんなのつなぎかー。ハンバーグでいうところの卵とかパン粉じゃーん」沙織はまたベッドに倒れた。上手いこと言うとまた絢香が笑い転げた。  「またみんなで集まって飲もうね!」もう一度そう言って沙織の家を出た。  今でも鮮明に思い出せるこの記憶。大晦日が一生トラウマになりませんように。
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