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第7話「家族たちの帰宅」
「騒がしいバカがいやがると思って来てみりゃあ、なんだ。フロドと雪子じゃねえか」
そんな声がしたのは、フロドが木から降りようと躍起になっている時だった。
「だ、団長!?」
フロドが顔色を真っ赤から真っ青にする。それを見た雪子はと言うとゆっくりと振り返り、団長の方を見上げるとにっこりと微笑んだ。
「あ、お帰りなさい。団長」
「お帰りなさいじゃねえ、クソガキが。ひと仕事終わって帰って来た親父たちを出迎えもしねえたぁ、どういう了見だ。ああ?」
「ごめんなさい」
「チッ、ほんと気の利かねえガキだな。まあいい……おいフロド、いつまで猿の真似してやがる、とっとと降りて来ねえか!」
「は、はい、すいません!」
団長が吠えるとフロドは木から降りようとするが慌てていて上手く降りる事が出来ない。
雪子が足場を奪った所為もあるだろう。
冷静に見れば他にも足掛かりとなりそうな場所はあるのだが、焦っている彼はそれに気付かず、仕方なしに途中から飛び降りた。
「いてっ!」
覚悟はしていたものの足にじんとした痛みが走り、暫く立ち上がれずに顔を顰めていると団長は呆れた様に溜息をついた。
「鈍くせえな、高ぇ所から飛び降りる時は両手両足を使えって言ってんだろうが!」
「はい、すみません!」
「戦場なら死んでんぞ。飛び降りたら直ぐ動け、落ちた瞬間が一番狙われる。ったく、二年もあったってのにまるで成長してねえじゃねえか!」
「すいません」
「すいません、すいません、うるせんだよカスが!謝る暇があったらしっかり鍛えろ!戦場でミスしたら捨ててくぞ!」
「はい!」
二年ぶりに団長に怒られ恐怖で強ばるフロドを横目に、雪子はマイペースに辺りを見回した。
懐かしい顔が幾つかあって、見慣れた顔が幾つか無かった。
「団長、姐さんは?」
そんな中、“朱の雷”と呼ばれる女傭兵の姿が見えない事に気が付いて雪子は険しい顔をする。帰還者の中にヒットの顔は見付ける事は出来たのだが、肝心の彼女の姿が見えない。
“朱の雷”マゼンタは団長の妻の一人でもあり、戦場では副長も務める女傑だ。
並の男では太刀打ち出来ないほどの二刀剣技の使い手で力も強く、機転が利いて、兎に角強い。
なのに姿が無いのだ。
この二年の間、たまに補給で立ち寄った事もあったのだが、いつもなら一番に子供たちの所に走って来る人の姿がない。
不安になって尋ねると団長は「あー」と苦い顔をした。するとお調子者のヒットがひょっこりと顔を出す。
「姐さんなら絶賛ブチ切れ中だ」
「ヒットさん」
「よ、雪子。大きくなったなぁ」
ヒットはそう言うと懐かしそうに目を細め、ぐしゃぐしゃと雪子の頭を撫でた。
「二年も経ってるんだ、当然だよ」
ちょっと嬉しく、でも照れ臭くて彼の手から逃れようと半身を引くと、そこで雪子は動きを止めた。
「ヒットさん、その腕……」
前は両手を使って痛いくらい撫でてくれていたヒット、その腕が片方無かったからである。
「お?……ああ、ちょっとポカやらかしてな、一本無くなった!」
あっけらかんと笑うヒットだったが、彼は弓兵だ。片手ではどうしたって弓を引けない。
剣も使えはするが取り立てて優れている訳でもない。となると、後に残っているのは専門知識を教える立場になる為に引退するか、出て行くかだ。
「なあに心配いらねーよ。これでも弓使いとしちゃあ、ひと角だ。今後は大穴で酒でもかっ食らいながら後輩イビリに勤しむとするさ」
「そう……」
「暗い顔すんなよ、命があるだけめっけもん。だろ?」
悲壮さもなく明るく笑う彼だったが、雪子としては始めて身近な傭兵仲間が戦線離脱する事件であっただけに直ぐに気持ちが切り替わらない。すると見兼ねた団長が口を開いた。
「死に損ないが、テメエに飲ませる酒はねえ!!」
「うわ、ひっでえな団長!今回俺、頑張ったでしょ?!」
二年の長丁場でも死ななかったんだから、と嘯くと団長はヒットの頭をぶん殴った。
少しだけ空気が軽くなる。
「あはは、それで……ヒットさん、姐さんがブチ切れ中って?」
「ああ、それなー。団長が現地で女作ちまったもんだから」
「おいヒット!」
「しかもガキまでこさえちまってさぁ」
「ああー……」
雪子は曖昧に笑った。
なるほど、そりゃ姐さんも怒るなと。
女を略奪するのは戦地では珍しくないし、それで怒るほど“朱の雷”という傭兵は狭量ではない。許せなかったのは女を孕ませた事の方だったのだろう。
団の誰しもが知る事だが、マゼンタはある戦場で大怪我を負ってからというもの子供が産めない身体になってしまった。そしてそれに追い討ちをかける様に、先に生まれていた子供を失っている。
彼女が戦災孤児を拾い、傭兵団で育成を始めたのにはそうした背景があった。
最初は反対した団長だったが、それで少しでも彼女の気が紛れ、戦場に戻れるならと許したのが始まりで以後、“砂獅虎”では戦災孤児を集めて少年兵団が作れるほどになった。
拠点内ではヒヨっ子以下の扱いを受ける見習いたちだが、外の世界に出れば同世代より遥かに実戦で使える。また知恵もそこそこなので、もし仮に傭兵団を出たとしても自分一人なら食い繋げるだけの器用さがあった。
入団から1~2年、早い者で半年もすると一度戦地に駆り出され、適性を見る。そして不適格と見なされた者たちは何処かの町の孤児院に預けられたり、引退者たちの元へ引き取られたりした。その仕組みを作ったのがマゼンタだった。
そんなマゼンタは子供たちにとって母親も同然。だからこそ雪子もその例に漏れず、団長相手にジト目をする。
「団長、姐さんに謝った?」
責めるような口調で文句を言うと団長は厳しい顔に盛大に苦味を走らせ
「うるせえ!アイツが細けえんだよ、済んだ事をいつまでもグチグチと!」
「それ姐さんの前で言ったら、まーた喧嘩になるっすよ、団長」
「黙りやがれ、このクソガキ共!」
団長は吠えたがそこにいつもの覇気は無い。
心の中では一応、悪いとは思っているのだろう。ただ素直に謝るかと言われればそんな事が出来る筈もなく
「ったく、アイツめ。まあいい、あんな小煩え女、一生帰って来なくたって構わねえ!こちとら女なんぞ履いて捨てるほどいるんだからな!」
取り繕うように態とらしい溜息をついた、その時だ。
「……。ふぅん、あっそう」
「げ、マゼンタ!?」
静かに低く呟かれた女の声に、団長が珍しくギクリとするとそこには真っ赤な大鎧に身を包み、腰に二本の剣を差した女傭兵が仁王立ちしていた。
「小煩くて悪かったわね。こっちだってアンタみたいなロクデナシ、願い下げだっての」
「お、お前、いつ戻って…」
「ついさっき。先に他の連中のとこに顔出してたのよ」
ヒヤリとした空気が漂う。
団長は凍りつき、他の傭兵たちもどうしたもんかと遠い目をしている。が、そんな中、雪子だけは空気を読まずマゼンタに話し掛けた。
「お帰りなさい、姐さん」
「あら、雪子ぉ!あんた、ちょっと見ない間にまた大きくなって!」
自分の子供たちの一人。それもとびきり小さい末っ子が出迎えたのが良かったのか、マゼンタは破顔して地面に膝を付き、グローブを外すと少年の顔を両手で挟み込み覗き込んだ。
「けどまだ細っこいわね。ちゃんと食べてた?沢山寝てる?」
「大丈夫だよ、ちゃんとしてる」
心配そうにこちらを見る緑の目を受け止めて苦笑いをすると、マゼンタは愛しそうに微笑んだ。
「そっかそっか、なら良いわ」
「うん。それよりも姐さん、他の子たちの顔も見てきたら。皆会いたがってたよ?」
「あらそうなの?なら、そうして来ようかしら」
雪子がそう言うとマゼンタは嬉々として立ち上がり、真紅の甲冑がいそいそと周囲にいる子供たちの間を飛び回り始めた。
最早、夫は完全放置の状態である。それを見た雪子はトンと団長の義足に肘打ちをした。
何事かと団長が視線を落とすと少年は小声で
「団長、一個貸しなんで」
6歳とは思えない利発さでニヤリと笑った。
「こいつ!……チィッ、末恐ろしい」
「教育の成果。将来有望で良いでしょ」
「調子に乗ってんじゃねえ!」
ゴンと大きな拳が降って来た。
「いってぇ~……」
不意打ち気味だったが避けようと思えば避けられた。でも雪子は敢えて拳骨を貰い、大袈裟に地面にしゃがみ込んでみる。
その様に周囲からドッと笑いが起きた。
良かった、と内心呟きながら歳の割に賢すぎる子供は何処か嬉しそうに、久々の痛みに目を細めたのだった。
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