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貴方に縋る夢を見る
「田村君、悪いけど詳しく聞いていいかしら」
ネット上よりも生身の声を直接聞く方が何倍も有意義な答えが出るだろう。
離婚という本末転倒な結末は迎えたくない。
愛しているのだ。
抱かれなくても、抱いて欲しいけれど、それがなくても夫を嫌いになれないし離れたいとも思わない。
思わないけれど。
「いいですよ。仕事終わりに飲みに行きますか」
「それは無理。夫の帰りを待っていたいから」
「……んじゃ、いつ詳しく話せばいいの」
「今よ」
「あのね、昼休憩の短い時間で複雑な男心を語れると思っているんですか」
思っていた。
あっさり答えを言ってのけたぐらいだから。
黙った私に田村君はため息を吐く。
「僕は簡潔に言えません。色んなパターンがあると思うし、一概にそうだと言えるかどうかもあるし」
「ややこしいわね」
「そうです。男は女と違って繊細なんですよ」
「それもネットに書いてあった」
「……もうネットオンリーで情報収集したらどうですか」
「ダメよ。田村君が言ったんだよ。覚えがあるって。身近な人から助言を得るのは人間の基本でしょ」
安心が性欲を無くすだけじゃないらしい。
何だかよく分からない。
女は愛情の喪失が身体の触れ合いの拒絶に繋がると思う。だけど、確かにそれが全部かと言われたら首を捻る場面も、人によって違う答えを出すかもしれないだろう。
ワンナイトで盛り上がったから。
ちょっぴりいいなと思ったから。
ただ単に身体の温もりを欲していたから。
などなど。
軽い感覚や軽い衝動で関係を持つ場合は、巷にいくらでも溢れている。
「とりあえず、メシ行きませんか。あ、昼メシね」
「そうね。昼ならOKよ。明日も宜しく」
「え、マジですか」
「マジですよ。田村君が語り終えるまで一緒に行きましょう」
「……レス真っ最中の悩める人妻からのお誘いは断れないですね」
「将来、自分の妻から拒否られろ、という呪いをかけてあげる」
「笑えない事言わないで下さいよ」
「そのまま離婚するという呪いも追加で」
「……怒ってます? すみません、冗談が過ぎました」
怒っていない。
いないけど、これは切実な問題なのだ。
早急に解決したい事なのに、かれこれ九年の月日が流れてしまっている。
諦めているのに諦め切れない。
断られると分かっているのに、折を見てはトライして撃沈する日々に嫌気がさしている。
頭を掠める別れの二文字。
愛していても、交われない現実に打ちのめされて、出したくもない答えに行き着きそうで怖いのだ。
離れたくないと思っている。
最近では、その語尾に「だけど」がついて回る。
愛は欲に負けるのか。
その欲は夫にしか向いていないのに。
矛盾を抱えて一生を生きる選択もありかもしれない。
だけど一縷の希望に縋りたい。
どうして「安心」が「性欲減退」に繋がるのか。
それが理解出来れば、この堂々巡りの苦しみも少しはマシになると思っている。
実際に体験したという田村君。
夫本人には聞けないから貴方だけが頼りなんだよ。
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