貴方に抱かれる夢を見る

1/1
83人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ

貴方に抱かれる夢を見る

いつもいつも考えている。 いつもいつも望んでいる。 今日は、今日には、今日こそは、と。 「疲れているんだ」 そして、今日も夢想は夢想のまま砕け散る。 ぶっきらぼうなひと言と共に。 さも邪険そうに背中を向ける夫は、妻の精一杯の懇願を意に介さずにいる。 確か前回は「腰が痛い」だった。 ネットの検索通りの断り文句。 夫婦間の夜の営みに対する悩みは、同じ文言で一括りに出来るほどありふれたものなのだろう。 最初は惨めだった。 求められない現実に。 もう女として必要とされていないのか、夫にとって妻はただの家事要員になってしまったのか、妻になれば途端に色褪せ魅力がなくなるものなのか、と。 身だしなみに気をつけていた。 疲れていても疲れた顔を見せたりしなかった。 肌は極力見せないようにしたし、体型も維持していたし、こちらから過度に性的アピールをするような真似はしなかった。 ただ、待っていたのだ。 夫からのアクションを。 ひたすら焦りや必死さを押し隠し、同じ状況に悩む他の人達の失敗談を読み込んでは、同じ轍は踏まないよう心がけて。 だけど、そうした妻の努力もただ無駄に時が過ぎて行くだけで、いつまで経っても夫が求めてくることはなかった。 妻は思う。 結局は何をやろうが、しないだろうが、変わらない結論に辿り着くのだ、と。 仲は良い。 交われないだけで。 愛している。 交われないけれど。 夜の問題さえなければ夫婦は上手く行っていた。 でも言い換えれば、夜の問題が二人の関係にヒビを入れている。 結婚すれば愛する人との行為の先に子供が得られ、家族となって年老いていくのだと思っていた。 病気でもない。 険悪でもない。 健康な夫婦が、こんな以前の躓きで悩むとは夢にも思わなかった。 愛の言葉はあれど身体を愛されることはない。 愛する気もないことは、待った末に起こした妻の行動を拒否した夫の態度で分かる。 結婚歴十年。 レス歴九年。 子供はまだ居ない。 親とは互いに疎遠で互いに三十半ば。 そろそろ考えなければならない岐路に来ていた。 病院は夫が嫌がった。 なので、選択肢は自然の営みで子を設けるしかないけれど、その自然な行為さえままならない。 妻は夢を見る。 夫に優しく抱かれ愛される夢を。 妻は夢を見る。 まだ見ぬ二人の子供を育てる夢を。 妻は夢を見る。 愛がなくてもいい、子供の事もなくていい、ただただ本能のまま夫に求められ、求め返し、幸せな一夜を過ごしたいという叶わぬ夢を。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!