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『司書の奴ら』――その単語を聞き、黒紅ははっと息を呑む。次いで、我に返ったように擦っていた手を止める。
「……以前、『黒紅の眼は、墨に朱を流し込んだような色をしていて好ましい』と司書の一人がのたまっていたそうだ。瑠璃は瑠璃の眼が一番だと考えているから、どんなものかと黒紅を視てみたが――うん、たいしたことないな」
「――…あっそ……。というか、出勤前に仕事関係の話は聞きたくないんだけど。……じゃない。きみ…えっと、瑠璃だったか? 何で俺の部屋にいる訳? 確かに寮は鍵があったら誰でも入れるけどさ、普通は用があってもズカズカ入ってこないでしょ。便宜上は新年度だって言っても、特に出勤時間の変更もない訳だし……寝てても問題ない時間だろ?」
壁に掛けられ、カチカチと時を刻む針は未だ出勤時間の捌時よりも程遠く、漆時を指している。
「職員の中でも『黒』系統の眼を持つ人間は稀に見かけるが、どうにも全員が揃いも揃ってなよなよしていて好かない。『黒』は『赤』などと違い希少なのだからそれ相応の態度――皆の模範となるような態度をとるべきではないのか? しゃんとしろ」
「はぁ……」
想像以上に人の話を聞かない事と、我が道を突き進む傲慢さに辟易すると共に、ため息が零れる。初対面でどうしてここまで貶されなければいけないのか。何が瑠璃の気に障ったのかは分からないが、相性は最悪だということは分かった。
「本当に何しに来たんだよ、きみは。俺を貶しに来ただけな訳じゃないんだろう?」
そうして、本日何度目かの溜息が一つ。
一瞬、そうだった、とばかりに口を開きかけた瑠璃であったが、ふと思い立ったかのように徐に窓へつかつかと近寄る。白く汚れ一つないカーテンを、掴む両手。それが、左右へ勢いよく引かれた。
「うわっ、眩し…っ」
「まず、この陰気な部屋を明るくさせるためにカーテンを開ける」
広い部屋に、ポツンと一つだけある窓から陽光が零れ落ちる。一気に部屋が明るくなったことで、思わず黒紅は眼を細める。
ベッドの向かい側から降り注ぐ光。徐々に、部屋がその光に浸食されるかのように、明度を上げ、そして部屋の隅々まで明かりが行き届いた。
先程まで薄暗かった部屋は、窓からの陽光のおかげでじわじわと明るくなった。
「明かりを広げるなら言ってくれ…」
此方へ背を向ける形の瑠璃に、黒紅は抗議の声を上げる。
黒紅の訴えに頷く様子もなく、瑠璃はちらりとこちらを顔だけで振り返る。何かを企んでいるのか、口角が僅かに持ち上がり、赤い紅の引かれた唇が陽光に当てられ、てらてらと艶めく。
「空気も入れ替えるか」
「馬鹿言わないでくれ、外の水が入るだろう。俺を溺れさせる気か、きみは」
「本当に入るのかな。これ、試した職員なんていないだろう。瑠璃は聞いたことも、視た事もない」
水。瑠璃と黒紅が視つめる先。窓の向こうには、ガラス一面、水が拡がっている。この宿舎……建物自体が水の底に在り、上空から光が照っているのだろうか。それとも、水自体が発光しているのだろうか。黒紅の預かり知らぬところではあるが、とにかくその一面の水を介して、光が漏れ出ているのだ。それがカーテンを開けることで広がる様に入り込むので、黒紅たちは光を部屋に入れたい時などに便宜上「明かりを広げる」と呼称している。
水、と表現したが、暗い赤や薄い桃色、はたまた黒色などなど。時折、波に揺られるようにさらさらと、その水の中を色が彷徨うように流れてくる。色づいた水が、窓を横切るたびに眼で追ってしまう。あれが何なのかは、黒紅も、恐らく瑠璃も知らない。本で視た「海」や「川」の水の色とは異なるが、自分達がいるこの館は水中にでも在るのだろう。しかしながら、考えたところで答えが出る訳でもなく、あの「厄介」な司書姉妹たちに聞いてもはぐらかされるのは眼に視えている。
「瑠璃の方が驚いた」
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