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 窓の向こうへと意識を向けていた黒紅を、瑠璃の声が呼び戻す。  桟に両腕を凭せ掛け、こちらを見下ろす姿勢をとるのは無意識だろうか。逆光になっているにも関わらず、その深い青色だけがしんしんと、端正な面持ちの中で深く輝きを放つ。 「は? 何でだ」  一拍置いて、黒紅が返答する。 「瑠璃の部屋で、お前が呑気に寝ていたからだ」  瞳に魅入っていたことを気取られぬか内心焦っていた黒紅は、瑠璃の意外な返答に「え」と間抜けな声が零れた。また高圧的な一言が、瑠璃の口から飛び出すかと思われたが、瑠璃も同様に「え」と気の抜けた返事を一つ。  お互い、きょとんと視つめ合う。 「? 此処は俺の部屋だけど…」 「? 黒紅は人事異動の件で、内示が来ていないのか」 「? えっ、何も来てないぞ」  「? 瑠璃のところには、弥生の頭には通知書が部屋に来ていたぞ。だから、今日、そこに一緒に書かれてあった部屋まで来たんだ。部屋も入れ替えみたいだしな」  そしたらお前がいた、と。瑠璃が言う。 「瑠璃の班からも瑠璃以外に壱名、異動がいた。そいつは、通知が来て早々に部屋を入れ替わっていた。瑠璃もさっさと移動したかったが、どこかの誰かさんが、一向に、全く、何も音沙汰なかったから、移動するにも出来なかったのだ。一応、相手にも都合があるだろうと考えてな、声はかけずに待っていたんだ」 「はぁ」 「そうしたら、だ。期限の昨日まで一向に出向いてこない。連絡も来ない。謝罪もこない。……さぞ無礼で仕事が出来ない、愚鈍で蒙昧。厚顔無恥。性根の腐った低俗な醜男の顔と眼を、一眼視ようとわざわざ別棟まで来たのだ」 「――どうしてそれを早く言わないんだ」 「全部知っていて、嫌がらせで呑気に寝ているのだと思っていた」 「……はぁぁぁぁぁ。んな訳ないだろお」   「うるさい」  叱責が飛ぶ。  しかし、黒紅にとってはそれどころではない。異動の話など寝耳に水である。どうして誰も教えてくれなかったのか。否、異動に関しては本人以外に知りようがないから、本人が口にしない限りは他人が知る由もないのだろう。  それにしても、司書――彼女は当然知っていそうなものだから、少しぐらい気を回し、声を掛けてくれても良いのではないだろうか。へらへらと陽気に笑い、黒紅を見つけては絡んでくる彼女の姿を思い浮かべた。そういえば、彼女は同じ司書業をしている姉妹達に「お姉さまったら、抜けてる~!」「これ、また忘れたら編者ちゃん顔真っ赤にして起こりますよぅ」などなど、と詰められているのを度々眼にした。そして、あの司書は毎回決まって「後でやるから放っといてよん!」と、どこかに行ってしまい、そのまま放置され司書室のカウンターで山積みになる書類の束を視たことがある。 「……ありそう。忘れてそう。あの紙の束に埋もれてそう」 「急に何だ。大きな溜息を吐いて、黙り込んだと思ったら、突然口を開いて訳の分からない韻を踏み出すし。瑠璃にも分かるよう説明しろ」 「いや、たぶんもうすぐ――」  慌てて来ると思う。  そう黒紅が口を開こうとした矢先、ばたんっと大きく扉が開かれる音と共に、どたどたと女性が転がり込んで来た。余程慌てて来たのか、肩で息をしている。そして、思い出したかのように「あっ!」と言うと、何故か扉を閉めて出て行ってしまった。 「今の何だ」 「たぶん、部屋の確認――」  部屋の確認だと思う。  またもや黒紅が口を開こうとした矢先、ばたんっと大きく扉が開かれる音と共に、女性が転がり込んで来た。 「元植物史、現人物史黒紅の部屋だった! 間違いなかったのん!」
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