《Tax collector》

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《Tax collector》

 金の切れ目が縁の切れ目、と割り切る事が社会なのであれば、それはそれでシンプルでまとめられるし、事実、現状、そのようなものだ。  俺は、所謂、税務署の役人の一人に過ぎない。そして、仕事はやはりシンプルに税金を滞納している人間から、本来支払うべき一市民としてのモットーでもある納税の義務を促す、言わば徴税請負人。  俺個人としてはご立派な職位に従事していると思っているのだが、如何せん、税金、そう、金を徴収する仕事は歴史的経緯から俯瞰してみると、卑しい仕事のようだ。まあ、売春や金貸しなど、人類史上初であり最古の職業と見做されているそれらが、長い伝統や歴史がある誇れる職業だ、と言い張るには相いれず、現代にしてあまりよろしくない印象のお仕事とされているから、税金の催促の仕事もなかなか古く歴史の重みとやらには十分ではあるが、金と直結して俗な部分で差別的にも括られたのだろう、資本主義全盛の時代になるまでは。  しかし、そもそも下卑た仕事である徴税業務の担い手の祖として、やはり卑下されていたユダヤ人にそれをキリスト教徒を筆頭とした一般市民が押し付けた結果、近代になったらその税金を通して、虐げられていたユダヤ人が金の流れの仕組みを知悉して商売のノウハウを覚えたユダヤ人大富豪なんていうのが発生したのだから皮肉ではあるが。  もっとも俺はお国の首輪(リード)付きの飼い犬。腐っても役人なので、そんなユダヤ人式の商売上手な方法論を導けないから、実直に下命に従うだけ。一公務員としてしか今の所は真っ当に生きる術は見つからない。不器用なものだ。  だが、俺はそれで良いと思う。  国を営むに自然状態を奨励したのは、スミスかロックだったか。権力や権利を国家に委ねるべきと勧めたのは、マキャベリだったかホッブスだったか。その中間を取った感じで、社会と契約を結んで官と民との関係に妥協しとけと説いたのはルソーだったか。  俺は哲学も政治も通暁してるわけではないから、この社会とやらがどのように機能しているかは知らないが、少なくとも指示待ち人間で、お上の言う事には恭順している。だから政府、というか税務署、税務局、国税庁、果ては財務省にも忠誠を誓い、さらに法に従いそれを堅守してこれから仕事を実行する。別段、自分の仕事に誇りを持っているなど美辞を吐ける事由はないが、後ろめたさもない。《遅滞した税金の督促および徴収》という仕事を。言い返せば、金返せ、という借金の取り立て以下の職務ではないはず。あくまで、時として、《それ以上の仕事をしなければならない事態》になっても、俺は仕事を逡巡することなく執行すれば良いだけだ。俺は法の遵守を正当に務めている、生真面目な一国家公務員なのである。  とそんな所在ない思いを抱いていたら。目的地に着いた。つまり、税金滞納者宅だ。俺は早速仕事に取り掛かるため、このアパート一室、情報では三十代独身男性一人暮らし宅のインターホンを鳴らし、確認画面モニター越しに俺は言葉を放つ。 「あの、突然の訪問で失礼致します。税務署の者なんですけど……」  テンプレートにして、語気荒めることの無い、丁寧な口調で俺は喋ったつもりだが、どうやら相手にはその態度や気持ちが伝わっていなかったようで、一連の台詞も言い切れないまま、突如のドア越しのショットガンぶっ放しで対応してきた。  俺はそのような『やり取り』を想定していたので、ドア前に立つような状況で待つ姿勢はせず、コートの中にしまい込んでいる拳銃を握りしめながらドア横で待機していたため、別段、ショットガンの銃声で耳鳴りがする程度で無傷。 「やれやれ。やはりこういう展開になったか……」  俺が担当する徴税請求はだいたいがこのような流れで始まるので今更驚きはしないが、慣れているとはいえ、いつもながらもここからが面倒になる。  俺は素早くやはりコートの懐にある、パイロットのヘルメットのようなインカム付きゴーグルを顔に装着すると、破壊されたドアを蹴り倒し部屋の中へ潜入。無論、人の気配はない。税金滞納者は窓から逃走した模様。  俺はやはりすかさず開けっ放しの窓から身を出してとりあえず走る。所謂、チェイス、の始まりである。  俺の迅速な行動もあって、息も切れ切れ相手を追走する中、直ぐに目的の税金滞納者の後姿を目視で捉えた。相手も懸命に逃走をしている。 「止まれ。止まらないと撃つぞ!」  これまた紋切り型の台詞を俺は呼吸乱しながら吐いてはみたが、税金滞納者は一瞬だけ振り返り俺を一瞥すると発砲。弾は大幅に俺からそれて事なきを得た。スリリングだ。だが、ここは公道である。善良な一般市民を巻き添えできないので、そんなハラハラ感に充実している場合ではない。この案件は早急に処理しなければならない。  しかし、周囲の人々も小慣れている。ショットガンを片手に恐らく必死な形相で走る男と、その人間を追う珍奇なフルフェイス仕様のようなものを被っている格好の男の追跡劇が彼ら市民の身の近くで起こっているというのに、皆はせいぜい顔周りに蝿が一匹チラチラ舞いウザがって瞥見する位の注視で、驚声もあげなければ、普通に歩行や動作を構わず日常的に続けているだけ。何の動揺も見せていない。まあ、こちらとしては変に騒がれない方が助かるが、どうにもシュールな状況に感じるのは、俺の穿ち過ぎか。  何しても早めに仕事を遂行しないと、市民から苦情が来る可能性があるので、現在執行中のこの問題の解決の快刀乱麻を心掛ける。  俺は走りながら納税滞納者の背に銃口を向けて、俺が持つハンドガンに付属されているスコープ越しに目を注ぎ彼を捉える。ちなみにこのハンドガン、そう、この特注の拳銃は俺のような市民様の忠実なサーバントに従じる、お国公認の仕事に務めている人間、つまり、役人であり公僕だけに持たせて頂けるスペシャル感のある武具で、〖アトム・ガン〗と呼ばれているもの。この得物はなかなかの性能を発揮する。とりあえず、どの部位関わらず、一弾相手に命中すれば致死に至るのは確定。いや、死亡するという、よりは、消失、すると言った方が正しいか。  そろそろ俺の体力も限界に達しそうなので、今がチャンスとばかりにアトム・ガンのトリガーを引いた。  見事、税金滞納者の後姿に弾丸が命中。  すると税金滞納者は一瞬にして消えた。この現象が、ある意味、アトム・ガンの効用の醍醐味。このアトム・ガンというやつは、弾丸が直撃すると相手、もしくは対象物を原子レベルで分解してしまう効果がある。つまり、生物にとっては死であり消失に繋がり、無生物に対しては単なるデリートを促す。言ってしまえば物体を超ミクロ化させ、目視で確認できない程バラバラにするということ。まあ、原子サイズに変わってしまえば当然なのだが。  結果、ターゲットを銃撃しても血肉が飛散するわけではないので、こちらとしてはグロテスクな罪悪感を持たないので助かる。徴税請負人のメンタル面も考えてくれているアイテムなのは、なかなかどうしてお国からの気遣いだ。  とりあえず今回のケースは終了。円満解決とはいえなかったが、まあ、税金滞納者の遁走からの抹消は多い例なので、この展開はスタンダード。また、一連の俺の行動はゴーグルから税務署本部に通じていて、映像として送信されているので、面倒な報告は無用。  これで仕事は一件落着……なのだが、すぐに追加の仕事命令が俺の耳に入る。税金の追徴報告を相手に促進する、つまり、再び税金滞納者のお家にご訪問というわけだ。やれやれ。  再度、俺は何事もなかったように指令された税金滞納者の家に向かう。先ほどの税金滞納者が原子化した様子を目の当たりにした周囲の人間は、眉一つ動かさず何ら関わらない態度をして、どよめいた雰囲気などは全く感じられない。これまた善良なシビリアンの小慣れた感には敬服する。  それにしても税金である。国税としては所得税、法人税、相続税、贈与税、消費税、酒税、たばこ税、自動車重量税などなど。地方税ならば住民税、事業税、固定資産税、地方消費税、自動車税などなど。あとは直接税やら間接税やらと分別して……など。言わずもがな、税金は複雑である。そんな煩瑣な税金の種別。だが、納税は勤労や教育に並ぶ国民の義務。支払うのは当然である。脱税は見逃せない。一方で国民の権利としては、教育享受の権利や参政権、そして、生存権、を持ちうる。そう、生存権があるのだが……生きる、というのは一種の営為。つまり、生活をしていく上では、公共の保障を基礎として成立するのであって、国民主権や基本的人権の尊重や平和主義にも複雑に税金は絡んでくるというもの。  それはAIなどの発達が特化し、仕事のオートメーション化を促した結果、人口増加の激増を推進してしまった現代社会でも必須であり条件は同じ。その考えに従うと、例えば公共福祉などに金を充てる場合、自然と増税していくのは勿論、新しい税制を掲げなければならないのも必要善のようなもの。それこそ空気や水にも税金がかかる世知辛い現在になってもおかしくはないもので、我が生きる時代に嘆くのはお門違い。いや、そのような状況こそが、現代社会の常識か。税の一本化だか簡略化だか、そんな理不尽な税をまとめてみたような税、を俺は取り立てているわけだし。人命よりも金が尊い。現実的に愛は地球を救い難い。俺は理想主義者だからラブ&ピースを全否定はしないものの。  とはいえ、とはいえ、話は変わるが次の税金滞納者宅を訪ねる時は、その際のクリシェである「あの、突然の訪問で失礼致します。税務署の者なんですけど……」を少し変えてみようか、と一仕事終えて身体疲労の困憊状態も健気に目的地である税金滞納者の家に向かう自分に対して労う一方で俺は思う。  しっかりと取り立てる公式公然の税の名をしっかりと真面目に告げようか、と。  その方が公務員の真摯な印象を与えられそうなので、余計なジョブである追走や銃撃戦などの回避にも繋がるかも知れないし。  そうだ、その方が無難だ。  スイマセン、滞納されている【生存税】の徴収に参りました、との枕の一言始まりの方が。                      了
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