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第十話 鬼とお花見とわたし
「かんぱーい!」
宵闇の中、ビールやチューハイの缶がカツンとぶつかった。
本日は職場の仲間とお花見。ライトアップされた満開の桜の下、緑地公園には屋台が立ち並び賑わっている。
「おつかれー!」
「あー、仕事終わりのビールは最高だねぇ~」
「ここ、絶景ポイントじゃん。佐伯ちゃん、場所取りありがとね」
「いえいえー、昼間はおばあちゃんと鬼と三人でお花見してたので、楽しかったですよー」
焼き鳥のつくねをモグモグ食べながら言う私。
今日は非番だったので、仕事終わりのみんなとお花見するために早くから公園に待機していたのである。
私以外にも休みの人は居たけど、みんな忙しい子持ちママさんだもんね。
「一ノ瀬さんは、お子さん大丈夫でしたか?」
「うん、パパが見てくれてる」
「よかったねー」
「それよりさ、佐伯ちゃん家の鬼さんは帰っちゃったの?」
興味津々、といった感じで二宮さんが言った。
「帰りましたよー(モグモグ)」
「えー、残念!」
「会ってみたかった!」
「ねー!」
みんなすごくガッカリした様子。
鬼ってそんなに時の人なの?
「なんで帰っちゃったのー? 一緒に飲みたかったのに」
「なんか、桜餅作りを手伝うとかで。おばあちゃんと一緒に町内会館に行きましたよー」
味噌田楽をモグモグしながら答える。あー、コンニャクおいしいなぁー
「鬼さん、桜餅作れるの?」
「んー、どうなのかな? こないだはぼた餅作ってたんで、多分(モグモグ)」
「ぼた餅も作れるの!?」
「手先が器用なんですよねー、仕事も丁寧で、きれい好きだし(モグモグ)」
「すごい!」
「完璧じゃん!」
「うちの夫と交換して欲しい!」
なんだか一同盛り上がっている。
ふーむ、鬼は主婦の奥様方にも人気なのか。
「でも佐伯ちゃん、そんなにできた人と住んでたら、彼氏も中々できないんじゃない?」
「へ?」
三井さん、今なんて? というか、人じゃなくて鬼だよ?
「あー、それね」
「わかる!」
「絶対比べちゃうよね」
「それ以上の人じゃないと、付き合う気にならないよねー」
はぁ、そういうもんなの?
あー、たこ焼きもおいしいなぁー、モグモグ。
「佐伯ちゃん、いっそのこと鬼さんと付き合っちゃえば?」
「いいね!」
「優しくて力持ちで働き者。そんな優良物件、滅多にないよ」
「なんなら私が立候補したいくらい!」
みんな、いい感じにできあがってるなぁ……
「ねー、さえきちゃん! のんちゃんとジャンケンポンしよ!」
四方田さんのお子さんの望美ちゃんがいそいそと私のとなりにやって来て言った。小さな手にイチゴミルクキャンディーを持っている。
「あっちむいてホイしてね、のんちゃんに勝ったらこれあげる!」
お、いいねー。よーし、お姉ちゃんと勝負しよっか!
いくよー? せーの……
「じゃーんけーん、ぽん!」
あ、負けた! あっち向いてー……
「ホイ!」
望美ちゃんの指がサッと上を差す。と同時に、私もばっちり上を向いてしまった。大きな影が視界を遮り、迫力のあるギョロ目がこちらを見下ろしている。
「お嬢」
わあぁぁっ!! びっくりしたぁっ!
急に背後に現れないでよ鬼! 神出鬼没か! って、鬼だから当たり前なの!?
「本物だ!」
「ホントに鬼だわ!」
「すごい赤い!」
「大きい!」
「かっこいい!」
キャーキャーかしましい声の中、私が「どしたの?」と聞くと、鬼は四角い風呂敷包みを差し出した。
「これを持ってきたんじゃ。お嬢は花より団子じゃと思うての」
そう言うと、酔っぱらい淑女達に向かって深々と頭を下げる鬼。
「お嬢がいつも世話になっておるけの、ほんにありがとのう。どうかこれからも、お嬢をよろしくお頼み申すけの。こちら、みんなさんでお上がりくんしゃい」
「あっ、いえ……」
「ご丁寧にどうも……」
「こちらこそ……」
みんな、崩していた足を急に正座に直し、かしこまってお辞儀している。なんだろうこの図は。
私は風呂敷包みをほどいて、出てきた重箱のフタをパカッと開けた。
あっ、桜餅!
淡いピンク色の餅菓子と、それを包む桜の葉の青々とした塩漬けの香り。うわー、おいしそう!
「鬼さんも、どうぞ一緒にお花見しませんか?」
私が桜餅に心を奪われている間に、四方田さんが鬼を誘っていた。見ると、他のみんなは「よく言った!」という顔をしている。
「いや、ワシは用事があるけの。最近、日が暮れると追いはぎが出るらしくての、物騒じゃから見回りしとるんじゃ」
それじゃの、と言って鬼は望美ちゃんの頭をひとなですると、桜の花びらがひらひらと舞う人混みの方へ歩いて行ってしまった。鬼よ、多分それ追いはぎじゃなくて引ったくりでは?
「オニさん、ばいばーい!」
望美ちゃんが元気よく手を振っている。私も負けじと大きな声で「ありがとねー!」と鬼の背中にお礼を言い、ルンルン気分でみんなをふり返った。
わーい、桜餅! 食べましょ食べましょー!
……って、あれ?
なぜかしんと静まり返って、全員しみじみとした顔になっている。
「かっこいいねぇ……」
「サムライみたい……」
「声も渋くてイケボだったね……」
「あんなに礼儀正しく挨拶されたの、生まれて初めてかも……」
一ノ瀬さんがクルリと私の方を向くと、真剣な目をして言った。
「佐伯ちゃん! あの人のことは大事にした方がいいよ!」
は、はい!
一ノ瀬さんの勢いに圧倒されつつ答える私。他のみんなもうんうん! と力強くうなずいている。いや、人じゃなくて鬼だけどね?
「……えーと、せっかくだし、とりあえず桜餅食べません?」
満開の桜を観ながらみんなで食べた手作り桜餅は、とってもおいしかった。
そして、この後鬼は件の引ったくり犯を見事に捕まえ、翌日の地元新聞の社会面に載ったのだった。
*第十話 おわり*
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