第一話 鬼とカレーライスとわたし

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「あっ、(とり)モモ肉が安い! 買おう買おう」 「なんと……」 スーパーでショッピングカートを押して歩く私の横で、鬼は目を白黒させていた。生肉がパック入りで販売されていることがショックだったらしい。 今夜はチキンカレーにしよう。 カレーライスが嫌いな人は滅多にいないもんね。鬼は辛い物好きそうだし。 「ワシが作ると言うたじゃろう」 なにやら不満そうな鬼。 そんなに料理がしたいの? 「馳走(ちそう)になるだけというのは()わりが悪いけの」 だったら一緒に調理しようよ。お皿の洗い方も教えるし。 それと、ここで買う牛乳とか、野菜なんかの重たい物を持ってくれたら嬉しいな。 「ふむ、心得た。牛でもなんでも、ワシが運んでやるから買いんしゃい」 神妙(しんみょう)な顔でうなずく鬼。 ふふ、ありがとう。牛は丸ごと売ってないけどね! 鬼の言葉に甘えて、お米やビールなどの重い品も購入した。 よし、リュックとエコバッグに詰めて、いざ家へ帰ろう。 ……あっ! 「なんじゃ? お嬢」 な、なんでもない! 早く行こう! いぶかる鬼の背中をぐいぐい押し、スーパーの出口に向かわせた。 * 「あらあら、ふたりで作ってくれたの? おいしそうね」 おばあちゃんは老眼鏡の奥で目を細め、ニコニコと笑った。 鍋の中にはコトコト煮えた中辛カレー。 ジャガイモやニンジン、玉ネギなど定番の具材の他に、白菜やレンコン、ブロッコリーといった冬野菜も入っている。冷蔵庫に余っていたから入れただけなんだけど、見た目もきれいだし、いい感じ。 「お嬢、これは汁物なのけ?」 食器棚からお(わん)を出しながら聞く鬼。 ちがうよー お皿取って、ちょっと深めのやつ。あ、鬼のは一番下にある大皿ね。 「どんぶりの方がいいんじゃないかしら?」 と、おばあちゃん。 えー、どんぶりにカレーライスは見た目がイマイチじゃない? 「でも、そっちはふぐ刺しを盛りつける時のお皿よ」 ふぐ刺しなんて食べたことないじゃん! 皿かどんぶりかで揉める私達に、鬼は「ふぐならワシが今度捕ってきてやるけの、ケンカはやめんしゃい」と言った。 いや、この辺に海はないけどね。 まあいいや、お皿は全員同じで、鬼にはおかわりをしてもらうことにしよう。 「いただきます」 三人でコタツを囲み、カレーライスを食べた。 ホクホクのジャガイモに、シャキシャキのレンコン。口の中に広がるスパイスの香り。それに白菜のとろっとした甘みが口当たりをまろやかにしてくれて、すごくおいしい。 ね、鬼はどう? 「なんと……これはうまいのう」 だよね! よかった! 私は上機嫌で次なるカレーライスを口に運んだ。 うん、人においしいって言ってもらえると、嬉しくてますますおいしく感じるなぁ。人じゃなくて鬼だけど。 「鬼さんはスプーンの使い方もお上手ねぇ」 お行儀よく正座して食事をする鬼を見て、感心した様子のおばあちゃん。私は口をもぐもぐさせながら、うんうんとうなずく。 ねー、こんなに大きな手なのにね。ジャガイモの皮むきも、とってもうまかったんだよ。 「お嬢が不器用すぎるんじゃ。危のうて見てられん」 私はムッとした。 いいの、包丁使いがヘタだって、ピーラーやフードプロセッサーという便利な物があるんだから! 「お嬢がケガせんように、これからもワシが炊事場に立つけの、安心せぇ」 え? 「まあ、よかったわねぇ。鬼さん、ありがとうございます」 嬉しそうなおばあちゃんの声を聞きながら、私はなぜかスーパーを出た時のことを思い出していた。 出入り口付近に設置された、値下げ商品が積まれたワゴン。その中には売れ残った節分用の大豆の袋がたくさん置かれていたのだ。 どうして私は、あれを鬼に見せまいとしたのかな? というか、あの豆を買ってくれば鬼と同居しなくても済むのに。 「お嬢、どうかしたのけ?」 私は鬼の顔をながめながら、うーんと考えた。 真っ赤な肌にゲジゲジ眉毛、大きなギョロ目に(きば)の生えた口。うーん、怖い顔だ。 「私はね……鬼にカレーライスのおいしさを知って欲しかったのよ」 「そうけ。うむ、本当にうまいの」 噛みしめるように言って、鬼は顔をほころばせた。 へえ……鬼って、こんな風に笑うんだ。 「明日は、大きなカレー皿を買いに行こうね」 こちらを見た鬼に、私はニッコリ微笑んだ。 *第一話 おわり*
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