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帰宅した月子を、待ちかねていたという風に澪子が迎える。玄関広間に足を踏み入れた月子に、澪子は上機嫌に抱きついた。月子は、びくりと体を震わせ、硬直する。
「月子、待っていたのよ。今日ね、舞踏会の招待状が届いたの。これから呉服店にドレスを見に行きましょう」
あの、と月子は緊張気味に口を開く。
「ドレスならば、以前仕立てたものがございますが……」
澪子は冷たい目で月子を見て、言い放った。
「あれは去年着ました。それに、とっくに千種にあげたわ」
では、と月子は懸命に意見をする。
「千種に……、か、借ります」
すると澪子は露骨に嫌な顔をする。
蒼次郎には分かっていた。月子は、金の心配をしているのだ。澪子は見境がないので、金を湯水のように使う。その金を工面することが、月子には気が重いのだ。
そんなことを気にも留めていない澪子は、意見を否定されて不機嫌さを露わにする。しかも澪子は、月子がその表情を恐れていることを知っている。案の定、月子は視線を逸らして、口を噤んだ。
「千種から借りるのも、そもそも去年と同じドレスを着るのも、とんでもないことです。舞踏会の招待は、重田侯爵のご厚意なのですよ。あなたは氷川家の人間として、恥ずかしくないようにするのが務めでしょう」
月子は悄然と俯く。
「すぐに支度なさい」
「……はい」
月子は力なく返事をした。
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