二  章

3/16
前へ
/221ページ
次へ
 帰宅した月子を、待ちかねていたという風に澪子(れいこ)が迎える。玄関広間に足を踏み入れた月子に、澪子は上機嫌に抱きついた。月子は、びくりと体を震わせ、硬直する。 「月子、待っていたのよ。今日ね、舞踏会の招待状が届いたの。これから呉服店にドレスを見に行きましょう」  あの、と月子は緊張気味に口を開く。 「ドレスならば、以前仕立てたものがございますが……」  澪子は冷たい目で月子を見て、言い放った。 「あれは去年着ました。それに、とっくに千種(ちぐさ)にあげたわ」  では、と月子は懸命に意見をする。 「千種に……、か、借ります」  すると澪子は露骨(ろこつ)に嫌な顔をする。  蒼次郎(そうじろう)には分かっていた。月子は、金の心配をしているのだ。澪子は見境(みさかい)がないので、金を湯水(ゆみず)のように使う。その金を工面(くめん)することが、月子には気が重いのだ。  そんなことを気にも()めていない澪子は、意見を否定されて不機嫌さを(あら)わにする。しかも澪子は、月子がその表情を恐れていることを知っている。(あん)(じょう)、月子は視線を()らして、口を(つぐ)んだ。 「千種から借りるのも、そもそも去年と同じドレスを着るのも、とんでもないことです。舞踏会の招待は、重田(しげた)侯爵のご厚意(こうい)なのですよ。あなたは氷川(ひかわ)家の人間として、恥ずかしくないようにするのが務めでしょう」  月子は悄然(しょうぜん)(うつむ)く。 「すぐに支度なさい」 「……はい」  月子は力なく返事をした。
/221ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加