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㈡
志波は、小幡譲三の妻、八重の実家に来ていた。
午前中、小幡殺害事件の犯人の見当を、警察署に話に行ったら、袖にされて追い返された。腹立たしいので、独自で調べることにした。
夫が亡くなった後、八重は実家に戻ったそうだ。それで実家まで追って来たのである。
玄関で声を上げると、上がり框に子供がやってきた。用向きを伝えると、暫くして八重がやって来る。八重に、自分は新聞記者で事件を調べていると話した。記事を読んだ八重は、志波を露骨に嫌悪し、帰って欲しいと撥ねたが、志波は粘る。拒否する八重に喰い下がり、頼み込んだ。志波の粘りに根負けした八重は、重々しく口を開いた。
「あの晩、主人は用事があると言って、八時半頃に家を出ました」
「用事って、なんです?」
「詳しくは知りません」
「ご主人が出かける時、いつもと違ったこととかありました?」
「いえ、特に。でも、身なりはきちんとしていたから、上官のどなたかと会うのだとは思っていました」
「女ってことはありませんか?」
八重の眉が顰められる。
「何ですって?」
「いや、可能性として、どうかってだけの話です」
「もう、よろしいですか?」
腹を立てた八重は切り上げようとしたが、志波は引き下がらない。
「遺品あります?」
「はい?」
志波が見せて欲しいと言うと、八重は渋々といった様子で立ち上がる。
暫くして潤色塗拵と、小ぶりな箱を手に戻って来る。箱には、時計、新聞記事の切り抜き、本が入っている。切り抜きは、大学校の教官就任に関する記事だ。志波は刀を鞘から抜き、刀身を確認する。刃文は、重花丁子を思わせる乱刃。木瓜形鍔に、銀無垢の鎺。
「えらい金かかってますね」
「主人のこだわりでしたから」
「教官の給金て、そないええんですか」
「大きなお世話です」
志波は抜き身を鞘に納めて、八重に返す。
「これだけですか?」
「いけませんか」
八重は語気を強める。志波は、やりにくそうに頭を掻く。
「仲が良かった同僚とかいました?」
「さあ、どうだか。地位とか、見た目とか、とにかく自分のことにしか興味のない人でしたから。———ところで、田村屋さんの事件と主人の事件の犯人が同じって、本当なんですか」
「僕はそう見てます」
「だとしても、やめてくれませんか。ようやく気持ちも落ち着いてきたのに、今になって蒸し返すなんて。引っ掻き回されたくないんです」
まずい展開になってきたので、志波は礼を言って、素早く退散した。
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