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志波は風切の屋敷を訪れていた。二階の執務室で、志波は風切に詰め寄っていた。
「なあ、頼むわ~」
「何度も言わせるな。無理だ」
風切は無視して、本に目を落とす。
「分かった。頼んでとは言わん。下村咲子に会わせてくれ」
志波は合掌して拝む。風切は呆れた顔をした。
「あのな、教師だからって、生徒に何でも言えるわけじゃないんだ。利用したなんて言われてみろ。俺がクビになるだろうが」
「出帆、冷静に考えろ。俺がネタつかまんかったら、お前も俺から金返してもらえんのやで。困るのは、お互い様や」
「金は返せ。常識だ。あとな、返済に俺の手を煩わすな。分かったか」
ぴしゃりと言われ、志波はがっくりと肩を落とす。
「……もう、分かった。最後の手段や。下村咲子に会いに行って、お前の紹介って言うわ」
やりかねないので、風切は慌てた。
「おまえ……っ。絶対に、やめろ」
「俺だって心痛いわ。けど他に方法ないし、しゃあないねん。悪いな、出帆」
立ち去ろうとする志波に「待て」と言う。志波は立ち止まり、振り返った。
「分かったから……。すぐには無理だが、何とかする。少し待ってろ」
「さすが、出帆。恩に切るわ~」
にこっと志波は笑い「よかった、よかった」と言いながら、机前のソファに座る。
「貸しだ。覚えとけよ」
「分かってるって」
風切は溜息を落とす。そういえば、と志波は別な話を始めた。
「今日、氷川月子に会うたで」
風切は手を止めて、志波を見る。
「どこで」
「大越呉服店や。母親も一緒やったで。けど、全然似てなかったわ」
「見た目の話か」
「あんまし近くで見てないから、顔はよう分からんけど、雰囲気とか、テンションとか、とにかく何もかも全然違うねん。ほんまに親子かいな」
風切は黙り込む。志波は続けた。
「あと使用人の男が現れたんやけど、これがどうも、単なる使用人には思えんのや」
風切は志波を見る。
「使用人ちゅうより、あれは用心棒やな」
「氷川の?」
「氷川家の、と本人は言うてたけど、違うな。あいつが護ってるのは、氷川月子やと思うわ」
風切の脳裏に、月子の首筋の傷の映像が浮かぶ。
「……それは、あるかもな」
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