二  章

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 志波は風切の屋敷を訪れていた。二階の執務室で、志波は風切に詰め寄っていた。 「なあ、頼むわ~」 「何度も言わせるな。無理だ」  風切は無視して、本に目を落とす。 「分かった。頼んでとは言わん。下村咲子に会わせてくれ」  志波は合掌して拝む。風切は呆れた顔をした。 「あのな、教師だからって、生徒に何でも言えるわけじゃないんだ。利用したなんて言われてみろ。俺がクビになるだろうが」 「出帆(いずほ)、冷静に考えろ。俺がネタつかまんかったら、お前も俺から金返してもらえんのやで。困るのは、お互い様や」 「金は返せ。常識だ。あとな、返済に俺の手を(わずら)わすな。分かったか」  ぴしゃりと言われ、志波はがっくりと肩を落とす。 「……もう、分かった。最後の手段や。下村咲子に会いに行って、お前の紹介って言うわ」  やりかねないので、風切は慌てた。 「おまえ……っ。絶対に、やめろ」 「俺だって心痛いわ。けど他に方法ないし、しゃあないねん。悪いな、出帆」  立ち去ろうとする志波に「待て」と言う。志波は立ち止まり、振り返った。 「分かったから……。すぐには無理だが、何とかする。少し待ってろ」 「さすが、出帆。恩に切るわ~」  にこっと志波は笑い「よかった、よかった」と言いながら、机前のソファに座る。 「貸しだ。覚えとけよ」 「分かってるって」  風切は溜息を落とす。そういえば、と志波は別な話を始めた。 「今日、氷川月子に()うたで」  風切は手を止めて、志波を見る。 「どこで」 「大越呉服店や。母親も一緒やったで。けど、全然似てなかったわ」 「見た目の話か」 「あんまし近くで見てないから、顔はよう分からんけど、雰囲気とか、テンションとか、とにかく何もかも全然違うねん。ほんまに親子かいな」  風切は黙り込む。志波は続けた。 「あと使用人の男が現れたんやけど、これがどうも、単なる使用人には思えんのや」  風切は志波を見る。 「使用人ちゅうより、あれは用心棒やな」 「氷川の?」 「氷川家の、と本人は言うてたけど、違うな。あいつが(まも)ってるのは、氷川月子やと思うわ」  風切の脳裏に、月子の首筋の傷の映像が浮かぶ。 「……それは、あるかもな」
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