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大谷ホテルは、折衷主義の絢爛な建物だった。左右対称の威容を誇る建築物は、外装にふんだんに使用された大谷石がために、和とも洋とも云えぬ独特な雰囲気を醸し出している。
月子達が、舞踏会が開催されるホテルに到着したのは、夜の九時だった。幾何学模様を施したエントランスの屋根の下には、何台もの馬車が順番待ちをしている。月子が乗車する馬車も、エントランス前の池を半周したところで待機させられていた。ホテルに入れたのは、それから二十分が経過した時である。
低屋根のエントランスから、高天井のロビーに足を踏み入れた。この空間の広がり方から受ける解放感は、華族に評判がいい。
澪子はデコルテの開いた朱色のドレスに、孔雀羽の扇を手にしている。月子は澪子が選んだ、デコルテと腕を露わにした、アイボリーのサテンドレスを纏っていた。澪子は裾を引きながら、案内人の後をついていく。ソファの並んだロビーで立ち話をする招待客を横目に、会場へ。
舞踏会場の扉前で、招待客は開場を待つ。澪子は顔見知りを見つけては、機嫌よく挨拶していた。退屈な月子は、招待客を観察する。群集の中に、侯爵の重田佳輝を見つけた。低身長なので、分かりやすいのだ。佳輝は口髭を蓄え、腹にたっぷりと脂肪をつけた恰幅の良い男だ。佳輝は澪子と月子に気づき、白襟紋服の夫人、梅子と共に近づいてくる。
「母上、重田侯爵です」
背中から小声で伝えると、澪子は緊張した面持ちで待ち構える。やってきた夫妻は、笑顔で澪子に挨拶をした。
「ご無沙汰しております」
「本日は、お招きありがとうございます」
澪子も満面の笑みで挨拶を返す。月子は佳輝に、上品にお辞儀をした。佳輝が月子に目配せをしたので、月子は頷きを返した。
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