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十時になると、舞踏会場の重々しい扉が開かれる。澪子は、侯爵の重田佳輝にエスコートされて、舞踏室に入っていった。月子の許へは、右京がやってくる。
「そのドレス、よく似合ってる。澪子さんはセンスがいい」
「母上に言って差し上げて」
「もちろん、あとで、たっぷり褒めるつもりだ」
心得ていると言わんばかりの右京に、申し訳なさそうな視線を送る。しかし、右京は大丈夫と言うように頷いた。その右京の腕に手を絡ませ、鬱屈した気分で舞踏室へ足を踏み入れる。
舞踏室に入ると、目が痛いほど壮麗なシャンデリアが現れた。格子窓を飾る天鵞絨の重厚なカーテン。床には赤絨毯が敷かれている。シルクの靴で踏んだ絨毯から返ってくる弾力は、心地よい。
会場には、大勢の招待客が揃っている。男性は燕尾服。女性はサテンやシフォンの胸元に美しいレース装飾を施したドレスを纏っていた。
一曲目が終わると、澪子は華族階級の招待客に、上機嫌に挨拶をして回る。右京と別れた月子は、急いで澪子の後を追った。月子には、澪子の合図で上品な挨拶をするという使命があるのだ。
やがて、澪子が燕尾服姿の誰だか分からない男性とダンスを始める。澪子の機嫌を損ねることなく挨拶を終え、月子は、ひとまずほっとしていた。一息吐きたくて、壁際から、ぼんやりと澪子を眺める。ダンスの輪の中に、右京の姿を見つける。彼は下村咲子と踊っていた。
咲子は、ぱっちりとした目に長い睫毛が印象的な女性である。しかも活発で器量がいいと噂があるので、咲子にはいつでも男性からダンスを申し込みがあった。だが、月子にはさっぱりだ。去年までは、それなりに申し込みがあったのだが、一度相手をすると二度目はなかった。それが澪子の気に障り、叱られるのだが、何が問題なのか分からず、澪子の望み通り振る舞えない。なので舞踏会では、いつも澪子の監視の目に晒されていた。
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