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㈡
鷹司右京は、ハーフティンバースタイルの洋館の前で馬車を降りた。御者に挨拶をして、門番によって開かれた門をくぐる。アプローチを抜けて、玄関に辿り着くと、玄関が開いた。
丸髷に着物姿の中年女性、良枝が「おかえりなさいませ」と頭を下げる。玄関の広間に足を踏み入れた。玄関広間で立ち止まり、良枝に帽子と鞄を預ける。広間正面には、木造階段。中央から左右二手に分かれて、二階へ伸びている。広間左手側には応接間、右手側はダイニングとなっていた。
背広を脱ごうとしていた右京は、階段を降りてくる足音がして視線を上げた。絣着物の二十代後半の美女が降りてくる。母の艶子だ。長い睫毛の下の、苛ついた目つきに捉えられ、右京は疎まし気に視線を逸らした。
「右京さん、お話があります」
艶子はダイニングへ入っていく。右京は溜息を落とし、艶子の後を追った。
ダイニング中央にはクロスが敷かれた長テーブル。テーブルを囲むように椅子が並べられている。艶子がその一つに腰を下ろした。そして右京にも向かいに座るよう目線で言う。右京は億劫そうに腰を下ろした。
「今日は、どちらへ」
「五河屋へ行っておりました」
「どなたとですか」
「大蔵省の同僚です」
艶子は顔を顰める。
「右京さん、あなたが月子さんと一緒だったことは分かっています」
右京は顔色を変えない。
「それでしたら、敢えて訊かずともよろしいでしょう」
「氷川家とお付き合いするのはやめてくださいとお願いしたはずですが」
「貴女の言葉は覚えております。ですが、月子のことは、幼少から見知っております。貴女が鷹司家の人間になってからの時間よりも長い」
艶子の表情が強張る。
「……それでも、私には真美さんと右京さんを守る義務があるんです」
「守る?何からです」
「氷川家よ。あんな妙な噂が絶えない家とつき合ったら、周りからなんて言われるかっ……!」
「妙な噂とは」
「妖が憑りついてるって噂よ。重田侯爵夫人だって言ってました」
右京は苦笑を浮かべるので、艶子はむきになる。
「私は、右京さんを心配して言ってるのよっ」
「兄も私も、ご心配いただくには及びません。忙しいので、これで失礼します」
右京は立ち上がり、それから、と艶子を見た。
「吉原で生まれ育ったあなたには難しいかもしれませんが、鷹司家の人間ならば、それなりの言葉遣いをお願い致します」
艶子の頬がカッと染まる。右京は冷ややかに見やり、ダイニングを出た。
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