没原稿

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「ねえ。今どこにいるの?」  目の前にいる彼にそう聞くのも変な話だと思う。だけどある日、彼は急に私の声が届かないところに行ってしまったんだ。  私は彼をずっと探していた。急にどこかに行っちゃうものだから心配したんだから。今度こそちゃんと会いに行くから。今日はその返事を聞かせて欲しかった。そうするといつも彼は困ったような、悲しそうな目つきで私をじっと見つめ返すだけなのだ。  日が沈み始めた直後の薄い闇が私と彼の二人を包み込む。 西の空は夕焼けが残り、暗いオレンジ色が妖しく世界を色づけ、振り返ってみると薄青い黒色が一面中に広がってる。 今、私たちは夕方と夜の境界線に立っているんだ。そう錯覚させられた。    私が真剣に彼を見つめているにも関わらず、彼は何も言わずに私に背を向け暗闇に走り出してしまった。  いつも彼はそうだ。なんのきっかけもなく私の前にふらっと現れて去っていく。行かないでほしい。私を一人にしないでほしい。どうして。どうしていつもそうやって私の話を無視していつもどっか行ってしまうの。 「稔!待ってよ!行かないで!」
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