事件

2/2

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 診断の結果、彼女はガンだと診断された。 脳腫瘍ができているらしく、それで倒れてしまっていたらしい。 記憶も、曖昧になることが多いだろうと言われた。 僕のことを、忘れてしまうかもしれない、と。 でも僕は、毎日のように彼女の元へ通い詰めた。 「どなたですか?」  入院して一週間後、そんなことを彼女に言われた。 初めて言われたときは心を蝕まれた。 それでも僕は作り笑顔で答えた。 「僕は君の彼氏だよ ……覚えてないかもしれないけれど」  彼女は日に日に何もかもを忘れていった。 忘れたりすれば、記憶を取り戻すこともある。 そんなことを繰り返していた。 入院してから一ヶ月後のこと、彼女は僕にいった。 「もう、私何も忘れたくないよ」 いつも笑っていたはずの彼女の目には、涙があった。 僕には、何もできなかった。 ただ抱きしめてあげることしかできなかった。  彼女は何度か手術をした。 だが、ガンは何度も転移していった。 入院してから半年、彼女はこう僕に言った。 「外に行きたいな」 窓の外を悲しく眺めながら、衰退しきっている彼女を見て、僕はその願いを叶えてあげたくて。 彼女の願いを叶えるべく、僕は医師に掛け合い、外に行けるようにした。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加