第2話 聖剣(笑)譲渡イベント

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第2話 聖剣(笑)譲渡イベント

その夜、俺は夕食の時に父さんと母さんに宣言した。 「つーことで、俺、旅に出るから!」 俺が明るく言うと、父さんも母さんも、にこにこと笑いながら頷いた。 「そうねえ、もう明日で大人だものねえ」 「お前にはこの村は狭いだろうからな。世界を回って経験を積んで来い」 良かった。二人とも大賛成してくれる。 「もちろん僕も行くから」 キアが、母さん特製の地竜の煮込みを上品に口に運びながら言った。 「まあ、いいわね。新婚旅行が世界一周なんてロマンチックね!」 母さんがうっとりと両手を組み合わせて、夢見る乙女のような顔で頷くと、父さんも笑って「良かったなあリオン!楽しんで来いよ!」と俺の背中をバンバン叩いた。 「いてーよ!つーか、なんで新婚旅行になっちゃってんの?俺、普通に旅先で出会う運命の女の子と結婚するつもりなんだけど!」 「あらまあ、またそんな事言って。もう運命の相手なら目の前にいるじゃない」 母さんが困った子ね、と呆れた顔をすると、父さんも首を振る。 「リオンもしょうがないやつだな。でもきっと旅に出たらその事に気付くと思うぞ」 「リオン、青い鳥は家に居るもんだ」そんな事を言って、分かるだろ?的な顔でウィンクして頷いて来る。 「分かんねーよ!」 ヤケになって、地竜の煮込みをがつがつ食っていると、ふと父さんが思い出したように言った。 「ああ、そうだ!リオンに約束してた物を渡さなきゃな!」 「え?何だっけそれ?」 「何言ってんだ!約束しただろ?お前が17才になったら聖剣を渡すって」 ちょっと待ってろ、と言って席を立つ父さんを見送りながら、俺は段々思い出して来た。 俺は小さい頃から英雄譚が大好きだった。特に、勇者が魔王を倒す話。好きで好きで、俺も勇者になって魔王を倒すんだ!って本気で思ってたな。 けど、だんだん大きくなるにつれて、俺は物語で語られる勇者と自分の違いに気付き始めちゃったんだよなー。 まず、本に出てくる勇者は大体王子だった。この時点で俺は勇者選考から外れた。 たまに王子じゃない場合もあるけど、その場合の勇者はなぜか物凄く見た目がいい。 髪の色も、プラチナブロンドだったり、金髪に、青い髪に、趣向を変えて黒髪という場合もあるけど、どれをとっても、珍しい色だ。インパクトがある。 けど、俺みたいな明るい茶色の髪に緑色の瞳なんてのは、その辺の村にうじゃうじゃいる端役の色だ。モブ色だ。村人Aだ。間違っても勇者には使われない。 なんてこった。俺は単なるモブだったんだ。それに気付いた時、俺は絶望した。 しかも俺の住んでいるこの村までもが、モブ村だった。 首都である王都イグニシアから遠く離れて、王都の民には存在すら認知されていないらしい。 だから訪れる人なんていないし、住んでいる村民だって、数家族だけのめちゃくちゃ小さい村だ。もはや隠れ村だ。 それもそのはずで、元々この村は3世帯の家族が隠れ住んでいた場所だったらしい。 今この村に住んでいる村人たちも、殆どがその3家族の血を引いているので、みんな同じ明るい茶色の髪に緑色の目、同じような容姿という、モブ・オブ・ザ・モブの血統なのだ。 俺はショックで膝をついた。 唯一、赤ん坊の頃に近くの山で見つかったキアだけが、黒髪黒目の珍しい顔立ちで、この村で一番勇者になれる可能性が高いのはキアだ。 キアが心底うらやましくて、俺は子供らしい八つ当たりをしたけど、キアは弱冠8才ながら涼しい顔で、 「勇者なんてどうでもいいよ。僕はリオンがいればそれだけでいい。僕の勇者はリオンだよ」なんて言って、毒気を抜かれた俺は、キアに八つ当たりするのはやめた。 でもやっぱり自分が勇者じゃない事を嘆いて、なんで俺は勇者の血筋に生まれなかったんだ、モブの血統なんて心底どうでもいいって床を無意味にごろごろ転がっていた。 しかしいくら嘆いたって、今から生まれ直すことなんて出来ない。 自分がモブと気付いた時から、勇者の夢を捨てた。そりゃもう、村の近くにある嘆きの崖と呼ばれている断崖絶壁に、泣きながら渾身の力で投げ捨ててやったね。 そして俺は腐った。勇者になれないんなら生きてる意味なんかねーよ。と不貞腐れて、駄々をこねまくった。 ちなみにモブ村ではうちの父さんが、俺達に魔法や剣を教えてくれた。 この村は辺境にあるから、周りの環境はけっこう厳しい。強い魔物も出る。だから、この村で暮らす俺らは、子供の頃からそういう魔物を倒せるくらいまで鍛えられた。 それまでは俺は勇者になりたくてめちゃくちゃ熱心に鍛錬に励んでいたけど、自分がモブだって気付いてからは一切それをやらなくなった。 だってどーせモブとして「こんにちは。ここはモブ村です」なんて勇者に言うだけの存在だろ。強くなってどうすんだよ、ふざけんな。 そしたら、それを良しとしなかった父さんが、俺にやる気を出させようとしたんだろう。 「実は家には勇者の使った聖剣がある」とか言い出した。 はあん?そんなのどうせ、テキトーな大嘘だろ。とやさぐれた俺は相手にしなかったが、 「これを見てみろ」 と父さんが物置の奥からそれっぽい剣を出して来たから、俺はまんまと釣られてテンションを上げてしまった。 今思えばあれはたぶん、そこそこ珍しいミスリルの剣だったと思うけど、まだガキの俺は本当に聖剣だと思ってしまったんだよな。 「お前が頑張って強くなったら、この聖剣をお前に預ける。そして村の外に出ることも許可する」 って言われて、俺はまたやる気になった。単純だ。 「ほら、これが約束していた、うちに伝わる聖剣だ」 「ああ、はいはい。あのミスリルの剣ね。まああれば役に立つよね」 全く信じていない俺はそう言って、物置から戻って来た父さんが手に持つ、古臭い鞘と柄の剣をさくっと受け取った。 一応、鞘から刀身を引き抜いて確かめる。古いから錆ついてたりして、いざという時に役に立たなかったら困るしな。 意外に刃は綺麗で、銀色の刀身から淡く蒼い光が溢れているような気がした。 「んー。まあ綺麗だし、いいんじゃね?」 これなら使えそうだ、と思って俺は剣を鞘に戻して椅子のそばに立てかけた。 そしてまた煮込みを口に入れ、ふと妙に静かなキアの方を見ると、キアはじっと俺の『聖剣(笑)』を見ていた。 「あ、キアも気になる?見ていいぞ」 そう言って手渡そうとすると、キアにしては珍しくビクッとして首を振った。 「いやいい。リオンが持っててよ」 「ん?分かった」 そう言ってキアはまた煮込みを食べ始めたから、俺も気にせず残りを全部食べておかわりを皿に入れた。 旅に出たらしばらくこれ、食べられねーしな。母さんのこの煮込みは本当に旨いし。 聖剣(笑)譲渡イベントも終わったし、俺は腹いっぱい料理を食べて、明日の準備をして寝た。 ちなみにキアには「明日一緒に行きたかったら、寝込みを襲うなよ!」と釘を刺しておいたので、ぐっすり眠れた。
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