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4話 安くていい宿があったぞ!
初めて見る王都イグニシアは、とにかく広くて人がいっぱいで、建物がいっぱいだった。
「うわー!凄ぇーー!色んなもんがある!」
俺は目をキラッキラに輝かせて周りを見回した。
店もものすごくたくさんあるし、街もごちゃごちゃしていて、今まで木、森、泉、みたいにシンプルなものしか見てなかったから、目が眩みそうだった。
そうやって街の様子に圧倒されていると、キアがすっと俺の手を握って来た。
「リオン、ほら僕の手を握って。じゃないとあっという間に人の波に飲まれるよ?」
「あ、うん」
情報が多すぎて思わず言う通りにしてしまう。
「もう夕方だから、宿を探そうよ。冒険者登録は明日でいいんじゃない?」
「あー、そうだな、そうするか」
俺はキアに手を引かれたまま、周りをキョロキョロするのに忙しかった。
こんなに沢山の人は初めて見る。
やっぱり、俺みたいな茶髪緑目のモブっぽい人も多いけど、時たま蒼い髪や金髪や銀髪や赤い髪の人も見掛けた。あれってまさか勇者とか、物語の主要人物とかじゃないんだろうな。
うわー、それに、こんなに沢山の女の人を見たのも初めてじゃね?
村には母さんと、母さんと同い年かもっと年上のばあちゃんしかいないから、俺と同じくらいの若い女の子を見たのも初めてだ。
すごい、本で読んだみたいにホントに俺より小さくて細いし、髪も長いし、色も白い。わー、なんか感激だなあ。
この中に俺の運命の人、もいるのかな。
なんかめっちゃくちゃワクワクするぅ!
とか色々考えていたら、全部口に出ていたらしい。キアに「はしゃぐのは分かるけど、少し落ち着きなよ」と呆れられてしまった。
「なんだよキア、テンション低いなー。お前も初めて見る癖に。すげーじゃん!興奮するしかないじゃん、こんなの」
「もう、しょうがないなあ」
そう言いながらもキアは、俺を優しい柔らかい目で見ていた。
しばらく周りをキョロキョロしっぱなしだった俺だけど、段々落ち着いてくると、少し余裕が出て来た。
美味しそうな匂いもしていて、石畳の広場には屋台がいくつも出ている。
お金はあまり持って来ていないから、無駄遣いは出来ないんだけど、串焼き一つくらい買ってもいいよな。
勇者を題材にした物語でも、だいたいみんな串焼き食っててさ、それ読んで串焼きっていうものを食ってみたくてしょうがなかったんだよね。
「なあ、あれ買おうよ?」
俺が串焼きの屋台を指さすと、キアも頷いた。
「そうだね。リオンが欲しいならいいよ」
俺はダッシュで屋台に行くと、早速2本串焼きを買った。1本をキアに手渡してすぐ齧ってみる。
「うっま!何これ、うっま!」
やっぱり物語の勇者たちが食べているものにハズレなし。
何の肉か分からないけど、弾力がありながらも柔らかく、それに甘辛い濃いめの味付けがしてあって、1本食べたくらいじゃ物足りないくらいだ。
「キア、旨いよな、これ!」
「うん、美味しいね。この味好きだな」
キアもあっという間に食べ終わって、名残惜しそうに串を見つめている。
「かーーっ!やっぱ旅に出て良かったなあ!他にも色んな旨いもんもありそうだし、冒険者登録して金稼げるようになったら、いっぱい食おうな!」
「リオン、安上がりだね。でもそんなところも可愛いよ」
にこっと笑うキア。
中途半端に食べてよけい腹が減った気がしなくもないけど、串焼きに全額つぎ込んで食ってしまいそうだったから、俺達は宿屋を探して歩いた。
歩いている内に俺は気付いた。
妙に周りの人達が俺達をじろじろと見て来る事に。
あー、やっぱりド田舎の辺境から来たっていうのが、王都の人には分かるのかなあ。
二人とも服装は簡単な旅装で、シャツとズボンの上からローブを羽織って、背中に荷物を背負ってる、一般的な恰好なんだけど。
俺達と同じような格好をしている人達だってけっこういるし、特に目立つ気はしないんだけどな。
「なんか見られてね?」
俺が言うと、キアは
「そりゃ、リオンが超絶可愛いし綺麗だからだよ。はあ、だから人里にリオンが降りるのは嫌だったんだよね。こうなる事が分かり切ってるから」
と本当に嫌そうに眉を顰めてため息を付いた。
「お前またそんな事言ってんのかよ、男に向かって綺麗も可愛いもないだろ!どうせなら格好いいとかさ、何て言ったっけ、そうそう!イケメンだとかさ!」
「もちろん、リオンは可愛くて綺麗なだけじゃないよ、格好いいし素敵だし、イケメンだよ。だからこんなに周りの人達に見られちゃって・・・ああ、嫌だ。僕のリオンを視線で犯しやがって・・・これ以上リオンが穢されたら僕、我慢出来そうにない。あいつら全員八つ裂きにしないと」
ちょっと、後半なんかやばいからやめて。黒いオーラも出てるし。
キアが俺に向かって可愛いとか綺麗だとか言うのはいつもの事だけど、俺は自分がモブ容姿だって事をよく知ってるんだからな。妙に持ち上げるのはやめて欲しい。
それにしても、キアがこんなにイライラしてどす黒いオーラを漂わせているなんて、初めてじゃないか?村にいた時にはいつも微笑んでた印象なのに。
やっぱ、キアも王都の人の多さに疲れたのかな。早く宿屋を決めて休ませてやらねーとな。
と思っていたら、ベッドの絵が描かれた看板を見つけた。泊まり一晩10リラって書かれてる。安い!
「あ、あれ宿屋じゃね?行こうぜ!安いし!」
「・・・リオンがいいなら僕はもちろんいいよ」
もちろんいいに決まってる。俺はその宿屋の扉をばんっと開けると、キアと中に入った。
ん?なんか薄暗くね?照明があんま無いのか。
薄暗い受付のカウンターには、くたびれたおっさんが座っていた。
「・・・休憩か、泊まりどっちだ?」
うわ、愛想ねえ。まあ仕方ないか。安いしな。俺が「もちろん泊まりで!」って言ったら先払いだって言われたから10リラ払う。
おっさんは無言でそれを受け取ると、カウンターの後ろから鍵を取り出してカウンターの上にぽいっと放り投げて来た。
「201号室」
それきり面倒臭そうに余所を向いて、がさがさと紙の束を読み始める。
感じわっる!と思ったけど、まあいいか。初めてのお泊りだ。俺はウキウキして来て鍵を取って階段を駆け上った。
201と書かれたドアの鍵を開けて、中に入る。
中も薄暗いな。窓ないのか?ベッドサイドに小さい照明が1つあるだけだ。
ベッドだけやたらデカいけど、あとは何も無いな。扉があったから開いてみたら、シャワーがあった。
「シャワーあるじゃん!キア浴びるか?」
「僕はリオンの後でいいよ」
「そっか?まあ後でいいや。それよりここって飯とかなさそうだよな。外で何か食って来ねー?」
「そうだね、重たい荷物は置いて、鍵掛けて行こう」
キアが言って、背中に背負っていた荷物を下ろして財布だけローブの下のズボンのポケットに入れていたので、俺もそうする。
部屋の外に出て鍵を掛けると、さらにキアが『ロック』の呪文で魔法鍵を掛けていた。
「宿屋の鍵なんて、宿の主人がマスターキー持ってるから信用できないしね」
「へえーなるほどぉ。詳しいなお前」
「こんなの常識だよ」
いや、俺は知らないんだが?
まあとにかく飯だ飯だ。俺達は連れ立って宿屋の扉を開けてまた外に出た。
出る時にちょうど通り掛かった若い兄ちゃんが居たんだけど、俺とキアを見てなぜかぎょっとして気まずそうに目を逸らしたのは、何だったんだ。
全く王都の人間ってやたら見て来るし、そんなに田舎者が珍しいのかね?
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