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 低音の、渋い美声が耳に届いた。 (テーブルの下です)  クレアは、決して声に出さず心の中だけで答える。  焦りから心臓がばくばく言っているが、なんとか息も殺す。  声の主は、騎士団長レオン。  普段から大きな声を出すことが多いせいか、抑えた話し方をしていてさえ、よく響く声をしていた。  ところは王宮の薔薇園。  のんびりと午後のお茶を飲んでいる王妃の元へ、「騎士団長が面会を求めて向かっています!」と伝令よろしく、灌木の間の小径を駆け抜け、ひとりの侍女が飛び込んできた。  そのすぐ後にいかつい長身のレオンが続いていて、クレアは慌ててテーブルクロスの下に逃げこんだのだ。  まさに、間一髪。  レオンが探しているのはクレアなのだが、姿が見えないことから王妃そのひとに所在を確認している。 (王妃様、まさか団長に、猫の子を譲るように私を渡したりはしないですよね……?)  主人である王妃フランチェスカのことは信じているが、クレアは不安でたまらない。  テーブルの上で、カチャ、とごく小さな音がした。フランチェスカが、お茶のカップを皿に置いたようだ。 「さっきまではここにいたんだけど。ねえ、ララ?」 「はい。本当についさきほどまではこのへん、視界に入っていたんですけど。探せばまだ近くにいるんじゃないでしょうか」  クレアの行方を尋ねられた王妃がのんびりと答え、王妃付きの筆頭侍女ララがしめやかな声で相槌を打っている。  嘘ではなく、限りなく真実に近い内容で。 (王妃様も、ララさんも、隠す気がない~~~~!! もっと他にごまかしようがあるじゃないですか!! 「あっちの方へ行ったと思う」とか「遠くへおつかいに出しちゃったから、しばらく帰ってこないはず」とか!!)  クレアはテーブルクロスの下で膝を抱えたまま歯噛みしていた。  ちょうどそのとき、「だけどね、レオン」とフランチェスカがたしなめるように言った。 「お見合いの件だけど、クレアには話すだけ話してあるから。返答は少し待って。本人も突然のことで気持ちの整理がついていないと思うの。くれぐれも、焦って直に迫るようなことはしないでね、今みたいに押しかけてくるのは、良くないわ。まずは根回ししておくから」 (王妃様!! さすがです!! 子飼いの侍女を守ろうという気はあったんですね……! 根回しって言葉は気になりますけど)  きちんとレオンを追い払ってくれそうな気配を感じ、クレアはフランチェスカに心の中で喝采を送る。  一方、王妃からやんわりとだが注意を受けた自覚のあるらしいレオンは、かしこまった調子で言った。 「はっ、申し訳有りません。なにぶん、せっかちな性格なもので」  ああ~、とフランチェスカがのどかに相槌を打つ。  続けて、どこか面白がっているような声で言った。 「せっかちなのに、その年まで未婚だったのよねえ。わたくしも陛下も迂闊だったわ。もう少し口うるさくお節介しておけば良かった」 「いえ。それには及びません。たまたま良い出会いに恵まれなかっただけで。いまはそれもこれもクレアという女性に出会うまでの待機時間だったのだと、納得しております」 (それはですねえ、レオン団長、思い込みというものですよ!? 私は全然、これっぽっちも団長のこと好きではないので!!)  クレア、心の中は大荒れである。  見えていないのをいいことに、「いやだいやだ」と両腕を胸の前で交差させて自分の肩を抱いた。  もちろん、本人の目の前で、そこまで嫌味な仕草は出来ない。それどころか、面と向かい合えば苦手意識が爆発して蛇に睨まれたカエルになる。間違いなく。  苦手、なのだ。  鍛え抜かれた筋肉の放つ熱気。朗々と響く声。自信に満ち溢れた姿。そういったすべてが、元来「細身で穏やかな性格の、落ち着いた大人の男」が好みと自認するクレアの嗜好とは、真逆すぎる。
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