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16話
「樹里、もっとこっち」
ベッドに改めて横になった晶に抱き寄せられる。まだ呼吸も完全に整わない中、再び感じる素肌の温もりにまたドキドキしてくる。
「こうやってくっついてるの幸せだー……」
「……私はちょっと恥ずかしい」
「はは。確かに顔真っ赤だ」
「もう……見ないでよ」
「いいじゃん。俺しか見れない顔なんだし」
にこにこ嬉しそうに覗き込んでくるから、あんまり強くも拒否出来ないでいると、急に晶が何かを思い出したような顔を見せた。
「そういえばさ、ずっと聞かなきゃって思ってたことがあるんだけど」
「何?」
「あの女の人、あれから何もしてきてないか? ずっと気になりつつ聞くタイミング逃してたんだけどさ。樹里も何も言わないし。同じ大学の先輩だって言ってたし、顔合わせることもあるんじゃないかと思ってさ」
「ああ……」
あのカッターの女の人か。そういえば、晶に話してなかったんだった。
「実は……この前呼び出された」
「は!? 何で言わないんだよ。大丈夫だったのか?」
「うん」
夏休み直前に大学内で呼び出されて、またカッターなんて持ち出されたら堪らないと思った私は、元凶である遊び人の先輩も同じ場所に呼び出すことにした。
2人ともお互いを見てかなり驚いてたっけ。そりゃそうだよね。どっちも私と2人だけだと思ってたんだから。
「それでどうなったんだ?」
「今浮気してる相手が私じゃないって証明してもらおうと思ったら、ビックリする事言われたんだよね」
「もしかして樹里を浮気相手だと認めたとか……?」
「ううん。そこは否定してくれたんだけど」
俺、お前と付き合ってるつもりないんだけど――
私にカッターを突き付けてまで彼を返せと言った彼女に、涼しい顔をして言ってのけた先輩に、開いた口が塞がらなかった。当然、目の前の彼女も何を言われたのかすぐには理解出来ていなくて……少ししてから、泣きながらその場を去っていった。
彼女が泣いているのは先輩だって気付いたはずなのに、何事も無かったように私の方を向いて、どこ行こうか?って言われた時はあまりの最低さに腹が立って……
「だから、誰が行くか、顔だけの最低男! って、一発殴っちゃった」
「……どっちの手でやったの?」
「え? どっちだったかな……確か右手」
「じゃあ、右手貸して」
何だろうと不思議に思いながら右手を差し出すと、手の平をじっと見つめた後いきなりそこを舐められた。
「ひゃっ……何してんの……!?」
「消毒」
「は……?」
「そんな最低野郎殴られて当然だし、樹里がはっきりと拒絶してくれて安心もしてるし嬉しいけど、触れたのが嫌だ」
「嫌だって言われても……」
まさかそんな所を気にするなんて思ってなかった。
「――何ですぐに俺に言わなかったの?」
「ごめん。何かあまりにも最低過ぎて、話す気にならなくて……」
「そうじゃなくて」
「え?」
「その人に呼び出された時点で、何で俺に言わなかったのかってこと。もしその人が自棄になって、また危ない事したらどうするつもりだったんだよ。それに、その男だって樹里に殴られて逆ギレしてたかもしれないだろ」
「あ……」
先輩は殴られた後呆然としてたからその間に私は逃げたし、彼女も泣いて立ち去っただけだけど、晶が言う事態になっていなかった保証は無い。
「その男を呼ぶんだとしても、俺に先に言えよ。傍にいないと、樹里の事守ってやれないじゃん。それに、俺より先に他の男を思い浮かべるなよ……」
「ごめん……」
「大学は違うけど、そんな状況なら何とかするに決まってるんだから、今度はちゃんと俺を呼ぶこと。まあ、出来る事なら2度とそんな事あってほしくないけどさ」
「私も2度と嫌だよ、こんなの。……晶にすぐ言わなくてごめんね」
「何もなくて良かったよ、本当」
優しく頭を撫でられたかと思うと、もう1度右手を捕らえられた。
「んー……やっぱりもうちょっとだけ消毒する」
「えっ……ちょ、くすぐったいってば……」
「本当にくすぐったいだけか? そんな風には見えないけど」
ちょっと笑いながら言う晶を睨んでみても、全然気にもしていないように消毒だと言うそれを続けている。
今まで手の平を舐められた経験なんて無かったから、こんなに敏感だなんて知らなかった。くすぐったいけど、それだけじゃないような……どんどん自分の体温が上がってきている気がする。
「あー……流石に今は消毒だけのつもりだったのに、そんな顔されたら堪んない……」
少し強引にキスをしてくる晶の吐息にも熱を感じる。
「もう1回、な……?」
晶に見下ろされながら、その言葉と熱に誘われるように私は小さく頷いていた。
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