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6話
今日も今日とて、彼――新海君がバイトしている喫茶店に学校帰りに寄った私は、指定席なんじゃ……?っていうぐらいお馴染みになった窓際の席で、降り続く雨の音を聞きながら本を読んでいた。
雨が多い梅雨を嫌いな人は多いけど、雨音を聞きながらの読書は結構癒しの時間だと思う。
「また本読んでる」
聞き慣れた声に顔を上げると、新海君がすぐ傍に立っていた。こんなに近くにいたのに気付かないなんて、本に集中してたってこと。そんな姿を見られたと思うと少し恥ずかしい。
「元々、本読むの好きだったからね」
友達が居なかった私の友達代わりは、ずっと本だった。珈琲を飲みながら読書するなんて、大学に入ってからはあんまりしてなかったから凄く懐かしい気分。あの頃の思い出なんて嫌なことばかりだったけど、本を読んでいる時間だけは楽しかったのに、いつの間にかそんな事すら忘れて好きでもない男の人と会うために時間を割くようになってたんだな……
最近は、この店に来たら読書をするのが定番になっていて、時間があればちょこちょこ席に来る彼と、本の内容とかおすすめの本とか、話をする機会が前以上に増えた気がする。
「――最近さ、バイト仲間が三浦さんの事よく聞いてくるんだよな」
「え?」
「前は、美人だけど近寄りがたいって言ってた癖に、三浦さんが変わったせいかお近づきになりたいんだってさ」
「そ、そうなんだ……」
そんな不満そうに言われても、どう反応すればいいか分からないんだけど。
それに――私そんなに変わったかな?彼のバイト仲間となんて殆ど話したことないのに。
「まあ、全部俺の独断で断ってるけど」
「え?」
「駄目だった?」
「いや、駄目とかではないけど……」
紹介されても多分困ってたと思うから、断ってくれるのはいいんだけど……
「なら、これからも断っとく」
「あ、うん……」
「でさ、本題なんだけど。三浦さん、今度の土曜日って暇?」
「土曜日? 特に予定はないけど」
あの熱を出した日から、今までみたいに男の人に声をかけるのを止めたから、週末の予定なんて何もない日々が続いてる。
そういえば、前はそれを虚しく感じていたのに、今はこの店に来るのが週末のルーティンみたいになってるからか、あんまり虚しさを感じてないな。
「それなら良かった」
笑顔になった彼が、身に着けているエプロンのポケットから2枚の紙を取り出して、私の顔の前に差し出した。
「映画のチケット……?」
「そう。常連さんが、奥さんと行くつもりだったけど仕事で行けなくなったから、彼女と行きなってくれてさ。俺彼女いないから、三浦さんが一緒に行ってくれると嬉しいんだけど」
「……友達は?」
「だってこれ、カップルシートだぞ。男とカップルシートとか嫌すぎるだろ」
言われてよく見ると、指定されている席はペアシート。確かに男友達とカップルシートは、好奇の目に晒されそう。
「私でいいの……?」
「駄目なら誘ってない。それとも、俺とカップルシートなんて嫌?」
「そんなことない……!」
思いがけない大声が出て、周りのお客さんからの視線を浴びる。その恥ずかしさに顔を俯けると、小さな笑い声と少し嬉しそうな声が聞こえてきた。
「じゃあ決まりな。映画10時からだから、30分前に駅前で待ち合わせってことでいい?」
「……うん」
「楽しみにしてるから。約束忘れるなよー」
そう言って店の奥に彼が戻ったのを確認した後、大きく息を吐きだした。
注目を浴びたのも恥ずかしかったけど、あんな大声で否定したのが必死過ぎて、そっちの方が恥ずかしかった。
「カップルシートで映画か……一応、デートってことになるのかな……?」
予想もしてなかった相手とのデートの予定。何とも思ってない人のはずなのに、土曜日の事を考えるだけでドキドキして落ち着かない気持ちだった。
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