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7話
約束の土曜日。待ち合わせ時間より20分も早く着いてしまった私は、ただ時間を持て余すばかりになっていた。
昨日の夜からなんだか落ち着かなかったし、遠足前の子供って感じだった。……まあ、遠足を楽しみにしたことなんて一度も無かったけど。
1分が凄く長くてどうやって時間を潰そうか考えていると、後ろから声をかけられて振り向いた。待ち人かと思ったのに、目の前には全く知らない男の人が立っている。
「……何か用ですか?」
「さっきから1人で立ってるなあと思って。彼氏に約束でもすっぽかされた?」
「は?いえ、待ち合わせ時間より早く着いちゃっただけなので」
「彼女は早く来てるのに、彼氏は時間ギリギリってやつ? 酷い男だね」
何なのこの人。そもそも待ってるのは彼氏じゃないし。
「そんな男やめて俺と遊びに行こうよ。俺のほうが絶対いいよ?」
見た目は確かにカッコいいから、自分に自信があるんだろうな。そもそもナンパなんて自信が無いと出来ないし、多分かなり経験があるんだと思う。
隠そうとはしてるけど、少しにやけた笑顔から透けて見える下心。今までにもナンパされたことはあったし、付いていくことはなくても内心喜んでた。だけど、今は嫌悪感しか感じない。今までこんな風に嫌な気持ちになったことは無かったのに。
――私は一体、これの何が嬉しかったんだろう。こんな軽薄そうな笑顔で、下心満載の男に声をかけられて喜んでたなんて、自分が情けない。
「――俺の彼女に何か用?」
「あ……」
ナンパ男の誘いを断ろうと口を開きかけると、今度こそ後ろから待ち人の声が聞こえた。
「ちっ……タイミング悪い野郎だな。しかも全然大したことねーし」
「は? 何か言った?」
「こんな人放っといて行こ……!」
一触即発な雰囲気を感じて、慌てて新海君の腕を掴んで歩き出す。さっきの場所から少しだけ離れて振り返ると、ナンパ男の姿は見えなくなっている。それを確認して腕を離すと、一瞬だけ彼の表情が寂し気に見えた。
「待たせてごめん。まさか俺より早く着いてると思ってなくて油断した。あのナンパ野郎に変な事とかされてない?」
「大丈夫。私が早く着き過ぎただけだし気にしないで」
彼が来たのは待ち合わせより10分以上前。普通に早いし、謝る必要なんてない。
「まさかとは思うけど、あのまま付いていこうなんて考えてなかったよな?」
「あるわけないでしょ。約束してるのに、流石にそんなことしないから」
「そうだよな。良かった……。ちょっと早いけど、もう映画館行こうか。飲み物とか買ってたら時間来るだろうし」
「そうだね」
「それじゃあ……はい」
急に差し出された手を不思議に思っていると、目の前の彼は少しだけ照れたように笑っている。
「人多いだろうし、1人だと思われてさっきみたいに声かけられたら面倒だろ? それに……一応デートのつもりだし」
「あ……っ」
サッと掠め取るように手が握られて、体が一気に熱くなった。男の人と手を繋ぐのは初めてじゃないのに、凄く恥ずかしい。それに――嬉しいと感じている自分もいる。
そっか、私この人のこと……
「行くよ」
「……うん」
握られた手が熱い。でも、その熱が私からだけなのか彼の手も熱を持っているのか、私には分からなかった。
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