3話

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「おお……いつもと顔が違う」 玄関のチャイムが鳴り、重たい体を引きずるように出た瞬間の一言で自分がスッピンだったことを思い出した。いつもは化粧で誤魔化していた地味な顔を見られてしまうなんて…… それにしても、最初に言う言葉がそれってどうなの? 「……殴るよ」 「別に悪いなんて言ってないじゃん。体調はどうなの?」 「今ので悪化した」 「何でだよ。俺はいつものばっちり化粧してる顔よりこっちの方がいいと思うけど」 「え……?!」 衝撃過ぎる言葉に思わず目の前の男を凝視してしまった。この人、視力悪いんじゃないの……? 「何でそんなに驚いてるのか分からないけど、とりあえず……はい、これ差し入れ。必要そうな物色々買っといた」 「ありがと……」 買い物袋2つ分の差し入れの中には、冷えピタとかも入っている。 「お金……」 「別にいいよ。長居しても悪いし、俺はこれで……」 「上がらないの?」 「いや、さすがに……」 いつもの私なら、きっとこんな事言わなかったと思う。でも今は1人になりたくない。少しでいいから一緒に居てほしかった。 そんな私の気持ちが伝わったのか、帰ろうとして玄関のドアノブにかかっていた手が一瞬躊躇した後に離れた。 「――もしかして、風邪引いて心細くなってる?」 なんだか小さな子供みたいで恥ずかしくて、目線だけ逸らして小さく頷いた。 「……そっか。分かった。俺でいいなら一緒にいるよ」 「いいの……?」 「一人暮らしで風邪引いたら心細くなる気持ち分かるからさ」 「……ありがと」 中に入るように促されて、靴を脱いだ彼と2人で部屋に入る。 大学生の一人暮らしだから、1Kの狭い部屋。ソファーぐらいしか座ってもらえる場所がない。 「ソファー座ってて。何か飲むもの……」 「そんな事しなくていいから。風邪ひいてるんだからベッド入って。――あ、その前に何か食わないとな。お粥チンする?」 「そんなにお腹空いてない」 「でも何か食わないと。プリンは?」 「プリンぐらいなら……」 「じゃあ、プリン食べて薬飲んだらベッド行くぞ。ほら、ソファー座って」 袋の中からプリンとスプーンを出して、ソファーに座った私の目の前に手際よく準備していく。 「ゼリーとかアイスとかも買ってあるから冷蔵庫入れとくから」 「……うん」 なんか、お母さんみたい……お人好しなだけじゃなくて、世話好きなのかな。尽くすタイプってやつ?こういう人の彼女なら幸せなのかな…… 「食べた?」 「……うん。ご馳走様」 「薬は?」 「今から飲むよ」 近くに置いてあった薬を水で流し込んだ後、おでこが急に冷たい感覚になる。 「冷えピタ貼っとくといいよ。顔赤いから熱上がってるかもしれないし」 「ありがと……」 言われてみれば、確かに体がさっきよりも熱いかもしれない。貼られた冷えピタが冷たくて気持ちいい。 「ほら、ベッド行こ」 「うん」 ベッドに移動して横になると時計を確認し始めたのを見て、また少し心細くなってくる。 ……もう、帰っちゃうのかな。 「ねえ……」 「何?」 「少しだけ話していい?」 「話より寝た方が……」 「聞いてほしい話があるの」 今まで誰にも話したいなんて思ったことは無かったのに、何でか無性にこの人に聞いてほしい。 「体は大丈夫なのか?」 「うん、大丈夫」 「――分かった。俺でいいなら聞くよ」 「ありがと」 ベッドの横に座ったのを見て、一度大きく息を吸い込んだ。
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