4話

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4話

「私があの子に――木島さんにあんなことした理由なんだけど……八つ当たりだったんだ」 「隆司が自分には冷たかったのに、木島さんには優しかったからだろ?そんなの分かって……」 「違う。私に冷たかったからじゃなくて、選んだのが彼女だったから」 「それって同じ意味じゃないの?」 首を横に振る。似ているけど全然違う。 あんなことをしてしまったのは、倉重君が自分に振り向かなかったからじゃなくて、選ばれたのが木島さんだったから。きっと倉重君以外でも、選ばれたのが彼女なら私は同じような事をしていた気がする。 「――地味なあの子が選ばれたのが、許せなかった」 「自分より可愛くないくせにってやつ?」 「……腹が立ったの。頑張って変わった私じゃなくて、何で何の努力もしてなさそうな地味なままのこの子が選ばれるの、って」 「どういうこと?」 「私のスッピン見たら分かるでしょ?昔の私も、木島さんみたいな感じだったの。地味すぎて存在感が無いどうでもいい存在って、高校までずっと言われてた……」 小学生の頃、好きだった男の子に地味女とか幽霊女って揶揄われたのがきっかけで周りの子達にも言われるようになって、それ以来私は学校で殆ど話さなくなった。存在感はますます消えたけど、周りの子達に一斉に揶揄われるようになったのが怖くて、いっそのこと存在感なんて無い方が良いとさえ思ってた。 「中学でも高校でもそんな感じだったから、当然友達も出来なくて……多分、同級生の殆どが私の事なんて覚えてないんじゃないかな」 見た目だけじゃなくて、本当に全てが地味な学生生活。存在感を消して淡々と過ごすだけ。あの頃は、家で本を読みながら珈琲を飲む時間が唯一の癒しだった。 「そんな私が変わろうと思ったのは、高校3年生の時だった。同じクラスの男の子に呼び出されて告白されて……凄く嬉しかったんだ。私に告白してくれるような人がいるなんて思ってなかったから。でも……罰ゲームだった」 「罰ゲーム?」 「何かの賭けで負けたらしくて、私に告白するのが罰ゲームだったんだって。ちゃんと罰ゲームをやったか確認するためにクラスの子達が近くに何人も隠れてて、真に受けて返事をした私の前に一斉に現れたの。その中には女子もいて……その子達に、馬鹿にしたように笑われながら言われたんだ」 「……何て?」 「自分の事鏡でちゃんと見なよ、そんな地味なのに本気で告白されたと思ったの?って。――次の日学校に行ったらすでにその話が学年中に流れてて、クスクス笑いながら見られるようになったんだ。あの時は、周りが全部敵になったみたいだったな……」 小学生の頃よりも辛くて、親に八つ当たりした時期もあった。何でこんな風に生んだのって……本当に酷い事言ったって今なら思う。でも、それぐらい地獄だった。あんな風になるなら、見向きもされない方がマシだった。 「地味ってだけで何でこんな目に合わなくちゃいけないんだろう、私は何も悪い事なんてしてないのにって……だから、変わりたかった。大学に入る前にメイクもヘアアレンジもかなり練習して、ダイエットもした。雑誌を何冊も読みこんで、服だって気を遣うようになった。周りの女の子より何倍も頑張らないと地味な自分を変えられなかったから、かなり頑張ったんだよ」 その甲斐あってか、大学に入学してからの私の環境は全く別世界だった。昔の私を知る人は誰も居ない、地元から遠く離れた大学を選んだっていうのもあったと思うけど、男の子から凄く声をかけられるようになって、ナンパもされるようになった。 そのうちに、イケメンだと有名な先輩から付き合ってほしいって告白されて、初めての彼氏が出来た。周りの女子に羨ましそうに見られるようになって、自信も少し持てるようになった。ちょっと優越感まで感じられるようになってた。 多分これがきっかけで、特別イケメン好きなわけでもないのに、そういう男子にばかり声をかけるようになったんだと思う。 「――最初はね、上手くいってる気がしてたの。私は変われたんだって」 でも結局、最初だけだった。彼氏が出来ても誰とも長続きはしなくて、しかも必ずフラれるのは私。友達も出来なかった。 こんなに努力したのに、何で上手くいかないの?それ所か、私よりも全然努力してない子の方が幸せを掴んでる気がして……自分でも性格が悪くなってるって気付いてたけど、どうにも出来なかった。 「頑張って変わったのに、何でうまくいかないんだろう……私の何が駄目……?地味なままでも変わっても駄目なんて、もうどうしたらいいのか分かんない……っ」 泣くつもりなんて無かったのに、ずっと誰にも言えなかった事を話したせいか、感情が昂って涙声になってしまう。 「……なるほどな。要するに、羨ましかったわけだ。変わらなくても隆司に選ばれた木島さんが」 ベッド横に座っている彼と視線が合う。思いがけず優しい目で見つめられて、小さく頷いた。 羨ましいなんて感情、頑張って変わった自分の努力が無駄に思えて見ないふりをしてたけど、本当はずっと前から分かってた。地味なままでも幸せそうな子達が羨ましくて妬ましくて、頑張って変わっても上手くいかない自分が惨めで仕方なかった。 「だったら素のままでいればいいじゃん」 「無理だよ……」 「何で? そもそも、地味なのってそんなに悪い事か?」 「え?」 「恋愛でも友達でも、見た目だけでその人を好きになるわけじゃないよ。見た目もそりゃ大事なのかもしれないけど、一緒にいて楽しいとか安心出来るとか嬉しいとか……そういう方が大事だと思うけど」 「……」 「昔の事はトラウマなんだろうけど、そんな状況が嫌だから見た目を変えて見返してやろうと思ったんだろ?」 「うん……」 「だったら、このままが嫌ならまた変わればいいんだよ。見た目とか周りの評価を気にせずに、今度は素のままの自分に戻ればいい。その方が絶対上手くいくと思うぞ」 そう、なのかな……本当に素のままで上手くいくの? 「だってさ、今三浦さん素なんでしょ?」 「え? あ……まあ、うん……」 「それなら、俺はこっちの方が好きだけどな。今の方が可愛いと思う」 「え……?!」 思わず頬が熱くなった。その熱を隠すように頬に手を当てると、さっきよりも更に優しい顔で見つめられて、鼓動が早くなってくる。 「まあでも、頑張って変わったのはすごいと思うけどな」 その言葉を聞いた瞬間、引っ込んだと思っていた涙が溜まって視界が霞んできた。伸びてきた手に優しく髪を撫でられる度に、目尻からこぼれ落ちていく。 「だって本当に顔違うもんな。化粧って凄いわ」 「……殴ろうか?」 「褒めてるんだよ」 「どこがよ……っ」 「泣くか怒るかどっちかにしろよー。顔が凄いことになってるから」 「誰のせいよっ……」 「ははっ、元気じゃん」 泣きながら言い合いをしている私の顔は、きっと凄く醜い事になってるはずなのに、それでも優しい表情で髪を撫で続けてくれる。 彼が傍にいてくれる安心感なのか、撫でてくれる手の温もりが心地よかったのか、しばらくすると私は眠りに落ちていた。
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