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 モーリスは私を引き寄せて、抱きしめました。腰まである私の髪をそっと撫でます。 「ありがとう。嬉しい」  彼の服からは、石鹸の香りがしました。  姉さん、人間は裏切ったりなんかしないわ。汚らわしくもないし。  そう思って、彼の背中に手を回した、その時でした。  ざざざ……  波の音が近づいてきます。  海の方を見ると、高く黒く大きな波がゆっくりとこちらに近づいていました。  遠くから、悲鳴が聞こえてきます。 「津波だ!」 「みんな遠くへ逃げろ!」  それを聞いた周りの人々が、一斉にあちらこちらへ逃げ始めました。 「僕らも行こう」  私の手を取って、モーリスも走り出しました。  高台へと続く道は、逃げ場を求めた人々で溢れかえっていました。  モーリスの手を離さないようにするだけで精一杯です。  しかし、ついに足がもつれて転んでしまいました。 「シェリー!」  人混みをかき分け、私の方へとモーリスが向かってきます。  私の背後を見た彼の顔が、恐怖に歪みました。 「あ、あ……」  腰を抜かしたモーリスが、地面にへたり込みます。  慌てて起き上がり振り向くと、大きな波が背後まで迫っていました。  一瞬にして、私とモーリスは波に飲み込まれます。  冷たい、暗い、怖い。  水流の中で、私は必死に彼を探しました。 「モーリス!」  声をあげると、口の中に海水が入り込んできます。  誰か助けて。  そう思った時、誰かに名前を呼ばれ、さあっと波が引いていきました。 「シェリー」  私の名前を呼んだのは――漆黒のマーメイドドレスを着た、美しい女性でした。
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