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 名前を呼ばれた瞬間、直感的にわかりました。  黒いドレスの彼女は、私を生んだ魔女だ。『お母様』と呼ばれる者だ。  魔女の後ろには、マリー姉さんとエリス姉さんもいます。 「シェリー。あれほど人間と関わるなと教えたはずだろう?」  ため息をつきながら、魔女は言いました。 「そうよ、私たち言ったじゃない!」  エリス姉さんが憤慨しています。 「シェリー、どうして……」  マリー姉さんは顔を覆って泣き始めました。 「なぜ、王国へ行く前夜に掟を破ってしまったんだい? そこの男のせいかい?」  黒く長い爪が、モーリスを指差します。  モーリスは、地面に倒れて意識を失っていました。 「彼のせいなんかじゃ……!」 「お前は、その男に恋をしてしまったんだね? 嘆かわしい……」  魔女は真っ白な顔を手で覆い、がっかりしたように首を左右に振りました。 「あれほど人間は裏切ると言ったのに。その男だって、今にお前を裏切るぞ」  指の間から、ぎろりと私たちを睨みつけます。  ふと魔女の瞳が横に逸れました。  視線を追うと、あの小瓶がありました。モーリスの鞄から転がり出てきたようです。  私たちを睨みつけていた魔女は、声を上げて笑い始めました。 「ははは……懐かしいな。これは私の書いたものじゃないか」  そう言うと、人差し指を小瓶に向けました。ふわりと浮かび上がった小瓶は、すっと魔女の前へと飛んでいきます。手の中で、小瓶の中の紙だけが静かに燃えて消えていきました。 「私はね、人間の男に騙されて魔女になったのだよ。ここにはその恨みが書いてある。だからずっと、人間には近づくなと教えてきたんだ。わかるかい? シェリー」  小瓶を手の中で転がしながら、もう一度私を睨みつけました。  その眼光は鋭く、私は震え上がって声も出ません。モーリスは、地面に横たわったまま。  私は、冷たくなってしまったモーリスの手を、必死に握りました。 「モーリスは違う、裏切ったりなんかしないわ!」  精一杯勇気を振り絞ってそう言う私を、魔女は鼻で笑いました。 「私だってそう思っていたよ。だが、人間は簡単に心変わりするんだ」 「そんなことないわ!」 「まだわからないのかい。最後のチャンスだ。今、海底王国に来ると決めれば、このことは不問にしてやろう。それでもその男を選ぶのならば、もう救いはないよ」  真っ黒な瞳が、私に決断を迫ります。
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