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 慌てて彼から距離を取って、海へ肩まで潜りました。こうすれば、いつでも海の中に逃げられますから。 「驚かせてごめん。僕はモーリス。君は?」 「……」 「僕と話してはいけないの?」 「……」  敵意があるわけではなさそうです。しかし、油断は禁物。あれほど姉さんたちが「関わってはならない」と言うのですから、きっと何か企んでいるに違いありません。  私は彼を睨みつけたまま、唇を引き結びました。 「話せないのなら、僕の話だけでも聞いて。僕は学者なんだ。古代の文献や文化について研究している」  それと、私に話しかけたことに何の関係があるのでしょう。訝しげな視線を彼に向けると、私の心を読んだかのように答えました。 「ずっと昔の文化で、行方不明になった人に宛てた手紙を、瓶に入れて海に流すっていうのがあったんだ。今はそれを研究していてね。君の持っていたそれは、ちょうど研究対象にあたる」 「瓶なら、そこにあるわ。じゃあ、さよなら」  そう言って海に潜ろうとしましたが、「待って!」という声が飛んできました。 「何?」 「君は……ええと、君の名前は?」 「……シェリー」 「シェリー、いい名前だ。僕と話してはいけないって、どういうこと?」 「そういう、掟だから」 「そうなんだ」 「……ねえ、小瓶は良いの?」  私がおずおずと声をかけると、はっと顔を上げます。 「そうだった、君があんまり美しいから見惚れてしまった」  頭を掻きながら砂浜へと戻る彼に、私もついて行きました。彼なら文字が読めるかもしれない、と思ったのと、美しいと言われて、少しだけ嬉しくなったから。 「ええと、なになに……」  ベストのポケットからびしょびしょの眼鏡を取り出して、真剣な顔で読み始めます。 「何て書いてあるの?」 「ずいぶん古い時代のものだからね。文法も今とは違うし……でも要約するとたぶん、こんな感じかな」 『どうしてあなたは私を裏切ったの。一緒になると言ったから、私は悪魔に魂を売ったのに。私はもう、人間には戻れない。さよなら、……』 「なんだか恨みがこもっていそうね」  そう言ってぱっと顔を上げると、すぐそばにモーリスの顔がありました。  鼻と鼻がくっつきそうな距離。私は慌てて飛びのきました。  そんな私には目もくれず、彼は真剣な表情で紙に向き合っています。  太陽はもう、頭の上まで来ていました。  海底王国に行くまでには、まだ時間があります。  私は勇気を出して、口を開きました。 「ねえ、私……人間のこと、何も知らなくて。もしよかったら、人間の街を案内してくださらない?」  顔を上げた彼は、ぱっと顔を明るくして大きく頷きました。
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