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 温かいカップを彼から受け取り、ベンチに2人で座ります。 「ミルクティーっていうんだ。美味しいよ」  そっと口をつけると、蕩けそうなほどに甘い味が口の中に広がりました。 「おいしい」 「よかった」  モーリスに微笑んで、空を見上げました。  小さな星が、ちかちかと瞬いています。 「人間の世界って、こんなに素敵なところだったのね。なんだか海底に行きたくなくなっちゃうな」 「海底?」 「そう」  不思議そうな顔をする彼に、明日の朝には海底王国に行かなければならないことを話しました。 「そっか、お別れなのか」 「……ええ」  寂しそうな顔をする彼に、何故だか胸が痛みました。人間ではない私は、病気になることもないはずなのに。この痛みはなんなのでしょうか。  俯いていたモーリスが、顔を上げて私に向き直りました。 「ねえ、もし……もし僕が、行かないでって言ったら……どうする?」  私は驚いて、目を丸くしました。 「どうするって……困るわ、姉さんや魔女が待ってる」 「ここで、僕と暮らさないか? 僕は裕福ではないけれど、不自由はさせない。海底王国は、君が今日見た世界よりも魅力的な場所なのかい?」  そう言われて、言葉に詰まりました。  見たこともない海底王国と、今日見た素敵な人間の街。  家族のように親しい姉さんと、魅力的なモーリス。  どちらかを選ぶなんて、私にはできない。  あんなにも温かかったミルクティーは、私の手の中で少しずつ冷えていきます。  まるで、海底王国に憧れていた私の心のように。  王国に恋い焦がれた私の心は、人間の世界へと揺らいでいました。  俯いて、モーリスに貰った靴に視線を落としていると、横から手が伸びてきました。冷たい私の手を、そっとモーリスが握ります。 「僕を選んで、シェリー」  名前を呼ばれた瞬間、ぎゅっとまた胸が痛くなりました。  顔を上げると、彼がまっすぐにこちらを見つめています。  月に照らされた彼の瞳は、深海のように深い蒼色で――思わず、私はこくりと頷いていました。
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