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プロローグ
「欲しいモノがたくさんあるなんて、郁葉は幸せね」
母になにかをねだると、きまって答はこれだった。
ときに呆れた表情で、ときにため息をつきながら、母は続けてこう言うのだ。
「欲しいモノがたくさんあれば、それを手に入れる喜びがあるでしょ。贅沢で豊かな未来が約束されているなんて、羨ましいわ」
自転車が欲しい、ゲームソフトが欲しい、お菓子が欲しい、子猫が欲しい。
小学生の頃は毎日欲しいものが替わり、深く考えることもなく口にした。
だけどスーパーの袋を両手にアパートの錆びた階段をのぼる母の背中に、屈託なくねだれたのはその頃までで、中学に入学して周囲の子たちと自分の環境の違いを少しづつ感じるようになってゆくと、母子の間柄とはいえ遠慮が出てきてそんなむちゃな要求はしなくなった。
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