第一章

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「お久しぶりです。」 中に入ると奥にある机で作業している理事長が居た。仕事に集中して気づいていなかったのか、私の一言で顔を上げる。 「久しぶりだね要くん。会うのは先月のパーティぶりかな。」 下がったメガネを上げて綺麗すぎる笑顔で言う。 視線をボクの隣に向けると表情が少し明るくなり彼の素に近い笑顔に変わる。効果音をつけるのならばぱぁっとした笑顔とでも言うのだろうか。 「朝ぶりだね玲!」 「そうだね慎。嬉しいのは充分伝わるから抱きつくのはやめてくれる?」 西田先生の言葉に理事長が腕を離す。彼を従わせられるのはこの人ぐらいだ。 言い忘れていたが西田先生と理事長はこの学園にいた頃の同級生らしい。その頃から仲はよく、卒業してから時が経っているというのにほぼ同居状態と言っていいほどの関係だそうだ。 隠す気がないらしい二人の関係は学園にいる中でみんなが当たり前のように持っている知識のひとつになっている。 本題がわからなくなってしまいそうだったため、今回の要件について尋ねると和んだ空気はどこに行ったのやら、部屋中の空気がガラッと変わった。 「あぁそうだったね。数ヵ月後に真優(まひろ)くんが転入してくる。そのことを伝えようと思ってね」 理事長の口から出てきた言葉を聞き目が大きく開いたのを感じる。家のことではなかったことに驚きを感じたのもあるが、脳の中はなんで彼が…という気持ちでほとんどを埋めてしまっている。転校生が来ること自体は理解したし、困ることはほとんどない。でもなんでよりにもよって1番会いたくない相手なのだろう。 ぐるぐると思考を回らせていると2つの視線をはっきりと感じた僕は表情を少し乱れたものから何も無かったのようないつもの顔に戻した。 「どうして…と言った顔をしているね。 何もおかしな理由はないよ。彼の両親がここに入れてくれと頼んできただけだ。」 なぜ彼の両親が…とまた考えることはあるが今考えてもキリがない。要件が終わったのかと思い、確認のために理事長に問う。 「要件というのはこれだけですか?」 放った言葉に少し戸惑いが混じっていることに気付かないふりをして返答を待つ。 「これだけだよ。」 「では、失礼します。」 「それでは僕も。またあとでね、慎。」 要件が終わっているならと部屋の扉に向かい、部屋を出る。 理事長が もう君の笑顔を見ることが出来ないのか… と呟いたのは聞こえてないふりをして
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