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「きみ、誰もいないのに頑張るね……。外で一人で歌って平気なのか? 風邪ひくだけだぞ?」
そう言って注意すると、青年は鼻の下を指先で擦りながら笑い返してきた。
「一人じゃないですよ、お客さんいます」
その言葉に周りを見渡した。だけどそこには私以外は誰もいなかった。私はバカにされてると思い、言い返した。
「きみ、嘘は良くないな。お客さんなんて、どこにもいないじゃないか?」
「え、そうですか? いますよお客さんなら。ほら、そこにいる貴方です」
青年はそう言って指を指してきた。
「私か……?」
「ええ、そうですよ。足を止めたのは、今日は貴方がはじめてのお客さんです。だから俺にとっては今日は初めてのお客さんですね」
青年はそう言ってハニカンだ。その溌剌とした笑顔がやけに眩しかった。私は軽く咳ばらいをすると再び目を反らした。
「…――まったく、きみは勝手だな。私をお客さんにする気か?」
「え、違うんですか? 足を止めたのは貴方ですよ?」
その言葉に再び咳ばらいが止まらなかった。そして段々、話して行くうちに仲良くなっていった。不思議なことにこの青年とは妙に気が合う。私は彼に一曲、歌をリクエストした。
「じゃあ、一曲リクエストさせてくれ。そうだなぁ、クリスマスに沿った歌が良いな?」
別にクリスマスの歌が聴きたい訳じゃなかったのに、不意にその言葉を口にした。彼は笑顔で答えるとギターを弾き始めて歌い出した。
クリスマスのバラードの歌がやけに暖かく、そして儚げにも聴こえた。そして気がつくと彼の歌声に魅了されていた自分がいた。
「あの、どうしたんですか……?」
彼はギターを弾くのを止めると私に話かけてきた。
「え……?」
「いや、だってホラ。泣いてるし……。まさか俺の歌に感動してくれたんですか?」
その言葉にとっさに自分の顔に触れた。
本当だ。泣いている……。
誰かの歌声で泣くことは滅多にないのに、私は青年の歌に感動していつの間にか涙を流していた。それは自分にとって驚く事と同時に、恥ずかしい事だった。青年は然り気無く持っていたハンカチを渡してきた。
「あの、良かったらどうぞ使って下さい……」
差し出されたハンカチで涙を拭くと足早にそこから立ち去ろうとした。大の大人が、人前で泣くのは恥ずかしいことだった。しかも彼は私よりも年下だ。そう思うと余計に恥ずかしさが増した。私は彼のギターケースに手持ちのお金を入れると持っていたビニール袋に入ったケーキの箱をそのまま袋ごと彼に押し付けてその場を慌てて立ち去った。
「よかったら食べたまえ…――! キミにも良いクリスマスを!」
「え? ちょっ……!」
そう言ってケーキが入った箱を押し付けて、自分は急ぎ足で逃げた。
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