どこにでもいる普通のDKと普通のJKの話

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『今どこにいますか?』 「今起きたとこ」  不機嫌な声に頭韻で答える。  耳慣れない目覚ましアラームだと思ったら、なんの事はない。電話の着信音だった。  しかし、スマホの着信音の作曲者はよくもまあ、ここまで目覚まし性能の高い電子音を組めるものだと思う。目覚ましアラームの作曲者にも、是非アドバイスしてあげて欲しい。 『待ってますんで。フォ』  溜息混じりの低い声に、電話が切れてから小さく謝罪した。  俺はどこにでもいる普通のDKで、電話相手は普通のJKだ。  普通のDKは自分のことをDKなんて呼ばない気もするので、若干の特異性はあるのだろうか。  あいつとは以前同じ書道教室に通っていた一応幼馴染で、今は同じ高校に通う後輩となっている。  俺達自身は特別仲が良かったわけでもないが、あいつとうちの母の交流は五年以上続いていた。そんな縁で、俺が通学時の護衛役を仰せつかった訳だ。  俺は正直、あいつに護衛なんか必要ないと思うのだけど。 「朝飯は……バナナでいいか」  適当に積んであるバナナから一本もぎ取り、皮を剥いて口に押し込む。  普段なら共働きの両親のどちらか、手の空いた方が朝食を用意してくれるが、今日はあいにく二人とも夜勤明けで爆睡中。自分で適当に用意するつもりだったけど、俺も寝坊した次第だ。  歯を磨いて髪を整え、鏡に向かって赤いネクタイを結ぶ。多少歪んだが、時間もない。  手荷物を確認し、飛び出すような勢いで家を出た。  木の葉の揺れる通学路を、ネズミを蹴飛ばし、蜂を避け、転がるように直走る。  昨年までは道すがら同じDK仲間を拾って行くこともあったが、新入生のあいつと通うようになってからは、樽を見掛けてもスルーしている。  ホッホッ ホホホホ  再びの着信音。走りながら通話ボタンをタップする。 『今どこにいますか?』 「あと30秒」  地面に半分埋まったタイヤを足場に跳ねて塀を越える。こちらの方が近道だ。 『フォ』  恐らくJK語だと思われる、略しすぎな略語だけを残して電話は切られた。  俺は木箱を踏み割って出てきたサイに乗り、道を塞ぐワニを撥ね飛ばして走る。途中でサイを乗り捨てて樽に飛び込み、大砲の弾のように飛ばされる。  互いの姿が遠目に見える位置まで辿り着いたのは、予告の30秒より少し早い程度の頃だった。こちらから手を振ると、軽く振り返してくる。  どちらも目立つ格好をしているので、遠目でも見間違えることはない。俺は全裸に赤いネクタイ、向こうは柔道着の上から袖余りの茶色いフードローブを来て、交通整理の赤色灯みたいな緑の棒を振っているのだ。俺も似たような棒は使ったことがあるが、本家本元の光る棒は鉄すら焼き切るとか。怖すぎる。  勿論、DK、JKとしては普通の格好だ。俺はJKなんてこいつ以外に会ったこともないが、本人が普通だというのだから、まあ普通の格好なのだろう。  ただ、同じDKでも俺以外の大半は多かれ少なかれ服を着ているし、JKは帝国だかに狩られて今や絶滅危惧種とのことだった。  この辺りまで逃げてきたのはこいつだけだし、元の居場所がどうなったかは知らないが。何ならこいつが最後のJKかもしれないそうだ。見間違える相手もそうそういないだろう。  その最後のJKは光る棒を引っ込め、待ち合わせ場所に到着した俺とハイタッチを交わした。 「32秒。遅刻の遅刻です」 「俺のカウントだと27秒なんだけど」 「どちらにせよ遅刻です」 「誠に申し訳ない」  念のため中間ポイントにある星の模様の樽を叩き割って、俺達は学校への道を、普段より気持ち早足に歩き出す。 「今日はどうして遅れたんですか?」 「一家全員寝てたんだよ」 「……目覚ましは?」 「かけてたけど、気付かなかった。スマホの目覚ましアラーム音は改善すべきだよな」  何ということもない通学風景、何ということもない会話。  幼い頃からJKになるため修業を重ね、JKになってからは命を狙われる日々だったこいつにとっては、どうも特別に感じる物らしい。  どこにでもいる普通のDKの俺ですら、最初は随分と物珍しそうに眺められたものだ。 「アラーム音は設定で変えられますよ」 「えっ、そうなの?」  それが今では、俺よりここの生活に詳しい。  俺は宙に浮かぶバナナを適当に二本掴み取り、一本を同行者に渡し、自分でも一本を剥いて食べた。  初対面の時は「宙に浮かぶバナナなんて、不気味で食べられません」なんて言っていたが、今はもう慣れたものだ。当たり前のように皮を剥いて食べ、食べ終わった皮は地べたに放り捨てている。  車が踏んだらスリップするかもしれないが、それは避けられない方が悪い。 「俺は、どこにでもいる普通のDKだけどさ」 「はい?」  呟いた言葉に、短く相槌が返る。 「お前もいつか、どこにでもいる普通のJKになれたらいいな」  故郷のJKが滅んでも、こちらで仲間を増やせばいい。  JKになるには幼い頃からの修業が必要らしく、俺が今からJKになるのは無理だという話だが。  こいつがその気になれば、いつか、そこら辺の樽を割ればJKが出てくるような日も来るだろう。 「……フォ」  返ってきたJK語の意味はわからなかったが、何となく、悪い意味ではない気はした。 <了>
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