明子(あきこ)の場合

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明子(あきこ)の場合

明日、赤プリで彼が待っている。 あたしはそこへ行くのだ。服装は、彼好みのミニスカートのピンクのスーツと決めている。ワンレンの髪をなびかせ、眉に念を入れたメイクで、極上の笑顔を浮かべてロビーを入っていく――予定。 26歳、クリスマスケーキを過ぎたヤバいお年頃。周りの結婚ラッシュに寿貧乏。合コンや見合いを山盛りやって、ようやく合格点の彼をゲットした。 高い学歴、弁護士、しかも家柄がいい玉の輿。 まずは彼の目に留まるのに苦労した。待ち伏せも電話も手紙も効果なく、それで彼のBMWの前に飛び出すという暴挙に出た。 車で轢きかけ怪我させたんじゃないか。そんな反則スレスレのアピールでも、存在を気付かせ、気にならせたらこっちのもの。その後、味噌汁、肉じゃがを始めとした胃袋わしづかみ作戦。それから「インディジョーンズ」を観に行ったり、横浜ベイブリッジにドライブしたり。もちろんBGMはプリプリだ。理想の展開。 ……空気が抜けかけた風船かパンダの煮詰まったみたいな見かけがちょっと何なんだけど。 とにかくこれが、あたしの白馬の王子、のはず。運命の相手、のはず。 もうお局エリアに片足ずぶずぶ突っ込んで、会社はあまりに居心地が悪い。毎日のように聞かされる「結婚はまだ?」「いくつになったんだっけ」「同期は何人残ってるの?」などの無邪気なおじさんトークに、笑って答えるのも疲れた。お茶に雑巾汁を絞り込むだけじゃ気が晴れなくなっていた。 早く人並みに去らなくては。 という焦りと必死の努力の結晶が風船パンダなのだけど。 なぜこうも気が重いのだろう。という疑問の答えがパンダとの微妙な……本当に小さな違いだと……気づいてはいる。 彼の、左手を頬杖ついたまま食事するマナーが気になる。歩くときに周りを見ずに人とぶつかる散漫さが気になる。ど近眼用の眼鏡がいつも汚れているのが気になる。 ……どうでもいいっちゃどうでもいい。気にしなきゃいいのだ。他の条件は最高なんだから。彼を逃したら、あたしにはもう次のチャンスはないんじゃないか。 明日、赤プリに行かなくちゃ。彼がクリスマスプレゼントを持って待っている。きっとダイヤの指輪。プラス、ティファニーのオープンハート。あたしは読書好きの彼に、流行りの「ノルウェーの森」の鮮やかな緑と赤のセット本を。 行くべきだよね。絶対行くべき。行かないという選択肢は、ない。 「迷いの花」――。 ふと頭に浮かんだ。子供の頃、父から聞いた話だ。その花は、進むか退くか、色で答えを教えてくれるという。確か、赤は進め、白は戻れ。
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