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俺にとって大切な人間だったヒナト。今ではそれがユースケに変わっただけ。
日々、ユースケと接しているとたくさんのことに気付かされる。新たに湧いてくる知らなかった気持ち。自分が自分であるという確かな思い。考えれば考えるほど胸が苦しくなってしまう。キラキラとした綺麗な感情に点々と侵食していくような感覚に怖気付く。
俺のこの気持ちはヒナトの感情に流されていものなのか……いや、そんなことはない。俺自身の気持ち、俺自身がユースケと共に生き、大切だと思う気持ちはヒナトに影響されてのものだけじゃないはず。「きっとユースケのこと好きになるよ」そう言われたのを思い出す。そう、この気持ちは誰のものでもない、俺自身のものなんだ。
「君だって一人の人間だから。思うように好きに生きていい。勝手言って本当にごめんな」
ヒナトは万が一俺の過去の記憶が消えなかった場合のことを考えそう言ってくれたのかもしれない。
俺の中には今でもヒナトが生きている。そして失われるはずだった俺自身の記憶も、悲しいかな、ちゃんとここに残っていた。
ヒナトとトワという二人の意識を持ち合わせた俺は一体何者なんだろう。ユースケと一緒にいればいるほど、俺は自分が何者なのかと揺らぐようになっていた。
俺はヒナトじゃない。トワでもない。ユースケがつけてくれた新しい名、ロイ。
そう、俺はロイとしてここにいるんだ──
真っ暗な部屋。見慣れた天井を見つめながら夢の中と現実が混ざり合っているのを感じる。朧げな意識の中、冷え切った空気に触れ徐々に目が覚めていくのがわかった。
「あ……今は何時だ?」
静まり返った部屋で重たい頭を持ち上げ、スマートフォンを手に取り時間を確認し、あぁ、やってしまったと溜め息を吐く。
今日は珍しくユースケに誘われ、仕事の後二人で食事をした。今までに無かったことで少し緊張し、舞い上がってしまった俺は無意識のうちに普段以上に酒をあおっていたらしい。余計なことは言ってないだろうか、ユースケに心配をかけてしまうようなことを言ってはいなかっただろうか、ズキンと痛む頭で記憶を辿る。
こんな醜態を晒してしまった原因は、きっとここ最近の俺の心の変化のせいだろう。こんな感情、ユースケには悟られたくない。悟られてはいけない。
何もかもうまくいっていたはずなのに、どうしたらいいのか不安になる。俺は両手で顔を覆い小さく漏れ出る声を殺した。
「── ロイ? 起きてる?」
ドアを軽くノックする音に続き聞こえてきた遠慮気味なユースケの声が俺を現実へと連れ戻す。そんな一言だけで、ユースケの優しさが伝わってきて辛くなった。
このまま寝たふりをして黙っていてもいいのに、俺にはそれができない。俺のことを心配し、それでもあえて何も聞かないようにするであろうユースケの様子が手に取るようにわかってしまい、泣きそうになるのを悟られないよう俺は「起きてるよ」と返事をした。
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