心地よさ

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「そういえばエイコさん、ロイ見て驚いてなかった?」 「ああ、うん。あんた誰や! って出るなり言われた。声おっきくてビビった」 「あはは。だろうな」  物静かな印象の社長とは真逆な奥さん、エイコさんは肝っ玉母ちゃんって感じだ。裏表なくズケズケとものを言うのを嫌がる人もいるけど、俺はこの人の言動は気持ちが良くて好きだった。誰にでもすぐに打ち解け、親しみやすく接してくれる。思ったことをすぐに口にするエイコさんが初めて見るロイと対峙する様子は、聞かなくても想像ができて笑ってしまった。 「同居することになった友人のロイです、って自己紹介したら、ああそうかい! って、それだけ。ほれ芋! って手渡されたけど、なんで芋? って言ったらユースケが好きなんだって優しい顔して教えてくれた」 「エイコさん、あんなだけど別にいつも怒ってるわけじゃないからね」 「はは、わかってるよ。すごく優しい人で安心した……」  それはロイから見てなのか、それともヒナトとして言ってくれたのか、俺を見るロイの視線に少し戸惑う。生前のヒナトは俺が世話になっているこの夫妻のことは知らないから。   「エイコさん、勝手に冷蔵庫開けて中身チェックしてたよ。今日は合格だね、って嬉しそうにしてた。俺が買い出し行った甲斐があったよな?」 「えっと? 買い忘れが多くて俺がコンビニ行く羽目になったんだが?」 「でも俺のせいじゃないよ。ユースケのメモの字が汚すぎなんだよ。自分だけ読めてもしょうがねえだろ」 「う……ん」  ヒナトにも同じことを言われたのを思い出す。  確か中校生の頃。受験勉強に付き合ってもらい色々教えてもらっていた時、俺の字を見て笑いながら指摘するヒナトに同じように言われた。 「ヒナトと同じこと言うんだな」 「……そ?」  興味ないと言わんばかりに短く返事をしテーブルに向かうロイの後ろ姿を見つめながら、ヒナトと同じセリフが出るのは生前の記憶を持っているからなのかと、ひとり納得をする。  背丈だって俺より小さかったヒナトよりロイの方が大きい。むしろ俺よりもずっと大きい。顔だってまるで違うのに、仕草や表情がヒナトのそれとよく似ている。ヒナトの記憶があるという先入観を持って接しているから、きっと似ていると思ってしまうのだろう。  でもそれが俺にとっていいことなのか、ロイはどう思い感じるのか、なぜだか少し不安になった。 「ほら、早く芋食べよ」 「うん。俺、これにバター付けて食うの好きなんだ」  俺が言うまでもなく、ロイはバターと芋をセットにしてテーブルに置いていた。 「エイコさんにヒナトのことは言わなかったんだな」 「ん? 特に聞かれなかったし、別に。俺は“ロイ“だから」 「まあそうだけど……」  ロイの言葉を聞いて、ヒナトに依頼されて来たと言うことは言わなかったんだな、と不思議に思った。まあ詳しく話したところで嘘みたいな話だからエイコさんは信じないだろうけど。  確かにヒナトの記憶があるだけで、ここにいるのはヒナトではない。それはロイ自身もわかってることだ。 「芋、美味いな。蒸すだけなら俺にもできるよね」 「だな。また作ろっか」 「うん」  食べ終えた皿を洗いながらロイは鼻歌を口ずさむ。ヒナトが生きていたら、きっとロイみたいにエイコさんともすぐに打ち解け仲良くなっていただろう。そう思ったらまた少し寂しくなった。
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