眠らせて、あなたと同じように

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「あ、爪のびてる」 夜に爪を切ると親の死に目に会えないと言う。そんなものは所謂迷信だ。構わず爪切りを探すが見つからない。 一度気付くとずっと気になるというのは人間の性である、ああもどかしい。しかも今回は手ではなく足。靴下を履こうにも気になるものは気になる。静寂すら気に障る、猫の鳴き声、雲の流れる音、水の波紋の響き。たかが足の爪が伸びていることに気付いただけだというのに。 眠れない夜は読書に限る。音楽は脳が起きてしまう気がして最近は聴かない。文字を追っているうちに睡魔が訪れてくれると信じて、なるべく眠くなりそうなものを選ぶ。つまらないと続かないから、読むと安心するような、読みやすくて面白いもの。 月明かりに包まれながら、細やかな字体に視線を這わせる。指先でいくつかの四季の上を滑らせていたら月光が朝日へと変わろうとしていた。ああ、今日も寝そびれた。 大好きな紅茶を飲むことすら忘れ、昼は適度に運動し、バイト先での仕事もこなし、その為の朝食だって毎日しっかり摂っていた。 それなのに、何故、 あくびすら出ない。脳は冴えている。夕日と朝日の区別が分からなくなっている。 暫く休めと追い出され、家に閉じ込められているかのような生活、それでも布団の中で目蓋を閉じることが出来なかった。もう感情だなんてものは総て目から溶けて消えたというのに。 怖い。 目を閉じたら今度こそあなたはいなくなるのではないですか? 怖い。 もう、自分は何日睡眠をとっていないのだろう。あくびはでない、脳は冴えている。朝食もしっかりと摂っているし、読書も運動もしている。 それなのに、何故、 睡眠、が、できない。 「………会いたいなぁ」 もう会うことは叶わないというのに、それすらも分かっているというのに。 いっそのこと、目蓋をずっと閉じていれば会えるのだろうか。 あなたと同じように、ずっとずっと。
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