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stance.3
「で、年甲斐もなくキューピッドしたって訳? そよかが後輩の面倒みるタイプだとは思わなかった」
「さよちゃん、ほっとけないからさ」
バッドを握り、マシーンから向かってくる球に狙いを定める。機械が震え、音と一緒に球が発射された。バットを振り上げ、打線を描く。
ヒットした白球は朝の澄んだ空へ飛ぶと、ホームランと赤丸に書かれた文字の的をかすめた。
「あーっ、惜しいなぁ」
それを見て、安波は茶化すように口笛を吹いた。
「……さよちゃん、かわいーの?」
「かわいーね。なんていうか、鈍臭いゆで卵みたい。え? わたし茹でられてましたか? みたいなうっかり系。ほっぺも食べれそう」
「食べるって……、俺に紹介するか?」
「やなこった」
「ケチか」
「安波に紹介したら、汚れる」
「ひでぇ」
間違いないね。四十路のおっさんが二十歳すぎの女の子に近づくとか。
「犯罪の片棒、担ぎたくないつーの」
「成人してたらセーフだろ」
「その発言がもうアウト」
バッティングマシーンから吐き出された白球が向かって来た。スイングしたバットに球が当たり、カキーンと胸がすく音。そのまま、遠く離れたホームランの表示に向かうが、また当たらない。
ちぇ、と小さく言葉をこぼす。
「今日は調子悪ぃなぁ」
「……もーいいか? 違うことしよう」
「休日の朝っぱらから、呼び出しといて……、あんたは打たないの?」
「……女子大生の話をしてたら、ムラムラしてきた。……そよか、してよ」
「ほら、汚い」
振り返ると、なんでもないような表情をしている。
下品な言葉は、本気か、冗談か、読めない。
つり目に短い茶髪。頬には昔少しだけやんちゃしたという火傷の跡がある。なんだ、その顔って言いたいけど、良くも悪くも安波はいつも思ったことをそのまま言う。
ネットに指を入れ、顎で私を促す。指先はだけはきれいだ。爪は切られていて、色にも清潔感がある。肌は黒いがそれは、マグロ漁船に乗ったからだとか、アルコールの飲み過ぎで肝臓も腎臓もいかれているからだとか、若い頃、土建の仕事ばっかりだったからだとか、適当なことばかり言っているため、どれが本当のことか分からない。
何も考えていないように見える彼は、本当のことと嘘を会話のネタとしてローテーションで口にしているだけかもしれない。
まぁ、実際はどれが本当かなんて、どうでもいい。
「ランニングして帰る。……先に帰ってて」
バットをベンチ横のレンタルスペースに返却し、安波の背中を叩く。硬く、衝撃をものともしなかった。
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