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stance.1
口もとにあるホクロがエロいと言ったのは、元カレだったっけ。
瞳が大きいから潤んで見え、口はアヒルみたいでキスをして欲しそう。童顔は庇護欲をかきたて、ほんのり香る甘い匂いと形のいい胸もそそる、と。
エロいのはあんたの頭の中じゃないの?
と、思ったけれど、ベッドでは外国のアダルトビデオのように「YES! OK! YES!」と、発音良くうるさいので、そんなことを冷静に分析している私の方がやっぱりエロいのか、と最終的には納得した。
鏡にその顔が映る。
歳を重ねるごとに、私は母に似てきた。
ひとまわり以上若い男の子と不倫をし、父に離婚届を突きつけられ、家族よりも男を選んだ他人に。
男の人を振り回しても、振り回されたくはない。
恋愛は主導権の取り合いで、弱みを見せると負けてしまう。
コンシーラーを持って、口もとのホクロを隠す。
アイシャドウもマスカラも、チークも必要ない。その代わり、茶色いアイラインを握って、鼻の上にそばかすを作る。血色が悪く見えるブルーベースのリップを滑らせ、ぼさぼさに見えるよう顎ラインでカットされた髪を適当に拡げると一気に地味になった。
仕上げに無難中の無難である細フレームの黒縁メガネをかける。身体のラインが反映されないよう、ベージュのオーバーカーディガンを羽織り、職場のモールで半額になっていた緑だか、黒だか、とりあえずどんよりとした色のビニールバックを肩に掛ける。
靴底が擦り切れ、破れかけているパンプスに足を入れる。中国製の大量生産されたそれは意外に丈夫で、履き慣らすとくたくたなおんぼろ靴になった。
冴えないお局が出来上がる。
存在が地味。干からびていて、女を捨てている。
一見しただけでは、記憶の片隅にも残らないオバサン。中身はもうオッサン。正直、性別いらないでーす。
つまり、この状態は私にとって、完璧。
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