stance.1

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*  オフィス業務の内容は、誰にでも簡単にできるほぼマニュアル通りの内容だ。特殊なアドリブもオリジナリティも必要ない。アウトレットモールにかかってくる電話のほとんどは各店舗へ回せば問題がないし、クレームであれば、お客様相談室へ繋げばいい。求人情報の問い合わせは、坂井マネージャーの業務であり、社員であっても応答する必要は無い。  オフィス業務と聞こえはいいが、ほぼ雑用だ。  時にモールに掲示するイベント用のポスターを業者と作成することがある。けれど、それもメインで動くことはない。ポスターができれば、モール内の決められた場所に掲示する。週末に行われるイベントにも関わるが、会場セッティングや場内アナウンスを行う程度で、企画や運営にはノータッチ。迷子のお知らせはインフォメーションセンターが行うし、表立って活動することがほぼないため、テナント店のスタッフからは通称「バックヤード」と呼ばれている。  マニュアルを見せながら一通り仕事内容を説明した後、アウトレットモールを案内し、テナントごとの特徴や内線番号が乗ったマニュアルをコピーして、山本さんに渡した。 「この番号、全部覚えてるんですか?」 「まさか。電話が鳴ったら、問い合わせを確認して、保留は押さずにキャッチ選ぶ。次に内線番号を押して、かけるだけ。各テナントに繋がるから、お客様からのお問い合わせです、これだけ言って、電話を切れば、あとは向こうが対応してくれる。これだけできれば、オフィス業務は上出来」 「はい、分かりましたっ」  インフォメーションセンターの奥にあるモール専用オフィスは8畳程度の事務所になっており、客からは見えない造りになっている。制服を着ているのは、インフォメーションスタッフが不在であるときの留守番要員で、基本的にはこの場所から動くことはない。  説明を終えると、山本さんは熱心にA4ファイルに入ったマニュアルに目を通し始めた。  アルバイトの経験はないと言っていたが、若いし、すぐ仕事に慣れるだろう。なんせ、電話を取って、内容を聞いて、番号を押すだけだ。  真剣な横顔の向こうで時計の針が動いた。平日、午前の電話は少なく、内容も返品交換やテナントセールの問い合わせぐらい。 「……山本さん、電話とってみる?」 「え。その、まだマニュアルを読んでて……」 「うん。その電話応答マニュアルで、『お電話ありがとうございます、アウトレットモール倉橋、○○が電話お受けいたします』って、カギかっこのセリフ通り、やってみる?」 「あ、いいんですか? その練習とか……」 「……じゃあ、練習してみようか」  私は立ち上がり、パーテンションで区切られたソファに座る。簡易キッチンやポット、コーヒーメーカーと食器棚があり、オフィススタッフの休憩所になっている。 「私がスマホでモールに電話するから、試しにとってみて。それから、内容を聞いて、どの店舗に繋ぐか電話表を見て、答えを電話越しに言ったら、練習は終わり」 「はいっ、お願いしますっ」  スマホを取り出し、登録しているモールの電話を選択する。発信を押す前に、オフィスの電話が鳴った。 「あーーー……」
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