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それから山本さんに教えつつ、オフィス業務をこなす日々が続いた。
天然なのか、若いだけなのか、それとも、仕事自体に慣れていないのか、良くも悪くもマニュアル通りな行動に頭を抱えながらも、彼女の素直な性格が幸いし、なんだか憎めず、徐々に失敗も可愛らしく受け止められるようになった。
指導係になってから1ヶ月が過ぎたころ、環境に慣れて緊張がゆるんできたのか、彼女は色々な話題を持ってくるようになった。
「そよかさんっ! 聞いてください」
「はい、さよちゃんおはよー。聞くから、職場での挨拶はまず、おはようございまーす、だよー。……朝から元気だね」
いつしか、彼女は私のことをそよかさん、と呼ぶようになり、私の方もさよちゃん、と呼ぶようになった。
彼女は仕事に慣れつつ、周囲のテナントや人間関係にアンテナが向くようになったようで、私の知らないことを報告してくれる。
「実はイケメンを見つけまして」
周囲を見回し、耳打ちする。
「Resting room」にはちらほらと出勤して来たスタッフが集まっている。メンズアパレルショップにいる子でも見つけたのか。ふむ、と頷く。テナントが多いため店員も入れ替わりが激しい。店舗を多く持っているファッションブランドの社員は転勤もあるようで、2、3年ですぐ入れ替わる。元モデルやファッションデザインを専攻していたデザイナー志望の子も居たりして、見覚えのある顔だと思い、名前を覚えた時点で転勤になるということもよくある。
数日前、1階のメンズシューズ専門店に入ったバイトがフィンランドかスェーデンか、そこら辺りの北欧出身で、日本人とのハーフだとコンサバ達が言っていた。
その話題に上がった彼だろうか。
ひと目見て、マネキンダブルと命名した。
ハーフって半分って意味で失礼じゃんか。見た目が、美しいなら良いとこどりで、ダブルでしょっていうのが私の自論。
「さよちゃんから見たイケメンって、私の感覚と違うんだろうなぁ。男の子も化粧をするんだっけ? それに私はもうオバサンだからねぇ。枯れてんの、色々」
しみじみ言うと、もったいないです、と彼女は首を振る。
さよちゃんには何度も「私は店でいうと閉店どころか潰れている廃墟だ」と言ったが、聞く耳を持ってくれない。と言うか、まだ若い彼女には恋に対して憧れや希望があるのだろう。歳をとっても人は恋をするものだと思っているのかもしれない。
残念ながら、彼女の期待にはこたえられそうにもない。私のきらきら恋センサーはとうの昔に死滅した。さーせん。
「そよかさん、綺麗なのに……」
「……そんなこと言ってるのはさよちゃんぐらい。聞いたことあるでしょ、私がバックヤードの三浦さんって呼ばれてるの。あんなアラフォーになりたくないって。キャリアがあるわけでない、高嶺の花でもない、ポリシーがあっておひとりさまでいるわけでもない。ないないづくしの、未婚女性の悪い手本っす」
なんで、さよちゃんは騙されてくれないかなぁ、とため息をつく。
毎朝念入りに施す地味メイクも彼女に根拠なき期待を向けられることで、“完璧”が通用しないのかと、ガッカリする。
「……うーん。そよかさんを地味だなと思ったのは最初だけで、じーっと見れば、綺麗ですよ?」
第一印象を修正するタイプだったのね、と首を振る。普段はぼけぼけしているのに、意外と観察眼が鋭い。
「……さっきイケメンの話してなかった?」
「あ、そうでした。今日の朝、モールの駐車場を抜けて来たんですけど、見たことない警備員がいるなぁと思って。勇気を出して挨拶したんです。そしたら、おはようございます、って爽やかに笑ってくれました。その彼がイケメンだったんですよーっ。細マッチョで、適度に陽に焼けてて、背も高くて。あぁ〜モテるだろうなって感じだったんです。声もお腹に響くようなビリビリする低さで」
「……要するにタイプ?」
「はい、たぶん……」
「たぶんって、恋愛したことないの?」
さよちゃんは顔を伏せ、もじもじと動きを小さくする。
「……え、本当に?」
「タイプっていうか……、いいなって思うんですけど、それからどうしたらいいのか分からなくって。名前を知りたいなぁ、っていっつも見てるだけの恋で終わるんです。何かきっかけがあればいいんですけど、高校時代はきっかけばかりを探して、探しているうちに卒業しちゃいました。告白もできないままで……」
「……やだ、可愛い」
思わず本音がでた。
そんな大昔のピュアな気持ちを忘れていた私は手で口を覆う。
Theオバサン。
「……恥ずかしいです」
きっかけなんて、無理やり作るものだ。そして、男のひとにどう自分が見えているかを客観的に判断できるようになれば、距離を詰めることに簡単なことはない。
しかし、私はただのオバサン。
計画的かつ打算的な男のひとの近づき方を語ろうものなら、不信感を抱かれかねない。せっかく、手に入れた地味お局のポジションを自分からむざむざ手放したくはない。
どうしたらいいのか、と考えていると、1週間前に貼ったモール社員に向けたポスターが目に入った。
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